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最終話 初恋(5)
菜月と「カズキっち」の思い出話をしたことがある。カッコよかったよね、イケメンだったよね、って。「どうしてあのイケメンから僕に変わったの?」と聞いたら、「あんなイケメンが私なんかに本気になってくれるわけないじゃん、ああいう人はどうせ手が届かないんだから。私には明生ぐらいがちょうどいい。」と言われて、少し複雑な気持ちになった。そう言えば、菜月も、「同じ馬鹿にひっかかった同類」なのかな。でも、涼矢さんのことや、ディズニーランドに行ったことは内緒にしてる。たぶん、これからも言わないと思う。
ハンバーガー屋に菜月と行った時、財布を出そうとしたら家の鍵がひっかかってバッグの外に落ちた。菜月がそれを拾ってくれながら、「このキーホルダー、いいね。」と言った。僕は、今度一緒にディズニーランドに行こう、同じのがまだあったら、菜月に買ってあげると約束した。
そしたら菜月はすっかりその気になって、「今度っていつ?」と言いだした。「そうだ、ゴールデンウィークは? 明生、誕生日でしょ? ちょうどいいじゃん。誕生日プレゼントに、それ、買ってよ。」
「逆だろう、僕の誕生日なんだから。」
「私も何か買ってあげるからさ、それでプレゼント交換しようよ。自分で自分の買うより、お互いに買う方が楽しいじゃん。」
菜月は、エミリよりはロマンチストみたいだ。そのエミリが選んだペンを、菜月はそうと知らずに、今でも愛用している。
そうして、僕と菜月は本当に、ゴールデンウィーク真っ只中の混雑を承知で、僕の誕生日当日にディズニーランドに行った。バースデーシールを貼っていたら、キャストの人たちが口々に「おめでとう」と言ってくれた。菜月はそれを羨ましがって、自分の誕生日にもやりたいと言った。
「7月8日か。その頃って、パレードとかもう夏バージョンになってるんだっけ。」と僕が言ったら、菜月はすごく感激して「私の誕生日知っててくれたの!」と喜んだ。
そりゃ、覚えてるよ。忘れるわけがないよ。
そう思ったその時に、スマホが鳴って、メッセージが届いた。
[14歳の誕生日おめでとう]
差出人は涼矢さんだった。あのカフェの、ベリーの一杯載ったパンケーキの画像が付いていた。よく見たら、ちゃんと「Happy birthday AKIO」って、チョコでデコってある。端のほうにコーヒーがふたつと、ピースサインをしている手だけが2人分、映り込んでいる。そう言えば涼矢さん、連休中に東京に来るって言ってたな。だからこれは、本当に今撮った写真なのかもしれない。僕本人もいないのに、こんなメッセージをわざわざ描いてもらったのかと思うと、ちょっと、おかしい。
「え、何々? 誰から?」
「友達。キャンプで知り合った奴だから、菜月は知らないよ。」僕はそんな適当な嘘をついて、菜月にパンケーキの写真を見せた。アカウントが、菜月の知らない名前、でも、男の名前なのを見て、それを信じたみたいだ。
僕は菜月とのツーショットを自撮りして、メッセージはつけずに返信した。
僕は今日、14歳になった。
14歳の僕には秘密がある。初めてできたガールフレンドにも言えない秘密。
初めて好きになったのが男の人だってこと。
その僕の初恋は、実らないまま、終わったこと。
これから僕は菜月のこと、もっともっと好きになれるだろうか。それは分からない。やっぱりダメかもしれない。それでも僕はきっとまた次の恋をするんだろう。
そうしていくつかの恋をして、僕は大人になっていくんだろう。
でも、僕は忘れない。絶対に忘れない。今はまだ思い出すとちょっと苦しい、でも幸せだった、初めての恋のことを。
(完)
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