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第61話 初恋(4)

 だったら、僕はこの恋に「けりをつけて」、そして、エミリみたいに、違う形で、涼矢さんや先生と仲良くしていくほうを選びたい。それすらも、今の僕じゃこども過ぎて、難しいことなんだけれど。 「謝んないでよ。わざとじゃないならいい。ごめんなさい、変なこと言って。とにかく、それだけ気になってた。でも、分かったからもういい。僕の片想いは、これでもうおしまいにする。」 「明生?」 「一応言っておくけど、涼矢さんのせいじゃないよ。」 「……やっぱ、大人だな、明生は。俺、自分が情けないよ。」 「違うよ、僕はまだこどもだよ。だってさ、あんなキス見ただけで、嫌になっちゃうなんてさ、僕がまだこどもだからだ。だから、待っててよ。僕が大人になるまで。そしたら、もう一回、僕、先生のこと、好きになるかもしれない。その時には、もっとちゃんと、涼矢さんのライバルになるよ。」 「……本気?」 「うん、本気。」 「手強いライバルになるな。」 「うん。がんばる。」 「そっか。……じゃあ、俺もがんばる。明生が大人になる頃には、俺はもっと先にいられるように。」 「うん。」 「……明生。」 「うん?」 「ごめんね。それと、ありがとう。それから、俺、明生のこと、大好きだから。」 「うん。僕も、涼矢さん、大好きだよ。」  翌年の2月、塾の年度替わりのタイミングで、先生は教職課程と、それと並行させながらの就職活動が本格化するのを理由に、塾講師のアルバイトを辞めた。  涼矢さんとはまだ連絡は取り合ってる。でも、ますます勉強に忙しそうで、僕の方から、定期的なやりとりはやめようと提案して、連絡を取るのはよほどのニュースがある時だけに限られた。たとえば、僕の成績が学年で20位以内になったこととか、我が家の猫が2匹になったこととか。涼矢さんからは、東京に来る時には必ず連絡が来たけれど、どちらも会おうとは言い出さなくて、顔を会わせることはなかった。「次に会う時は僕が大人になった時」。そんな暗黙の了解が、僕らの間にはあるような気がしている。  エミリは見事に復活を遂げ、翌年、都の強化選手に選ばれた。でも、競技中心の生活が原因で、車椅子の彼とは破局したようだ。  みんなで買ったお揃いのキーホルダーは、今も使ってる。  先生が塾を辞めたのと同じ2月、僕は菜月からバレンタインチョコをもらって、告白された。菜月はすごく必死で、恥ずかしそうで、今まで見てた菜月と全然違ってた。僕は、僕とそんなに身長の変わらないはずの菜月が、とてもちっちゃくて、可愛く見えた。「女の子は、ちっちゃくて柔らかいから、優しくしなきゃいけない」。そんな「教え」を思いだした。ホワイトデーまでの1ヶ月間、僕は僕なりに一生懸命考えて、友達から始めてもいいんだったら、と言って、つきあうことにした。これから彼女をちゃんと好きになれるのかどうか、自分でも分からない。正直、僕は自分の恋愛対象が男か女かさえも、まだ曖昧なんだ。でも、そんなことより大事なことがあるって、知っている。大好きな人たちから、教えてもらった。菜月のこと、恋人として好きになれても、なれなくても、僕は、一生懸命優しくするつもりだ。  4月になり、僕は2年生に進級して、菜月と同じクラスになった。彼女の部活がない日には、一緒に帰ったりする。菜月は、僕の成績が急上昇したのを知って、自分と同じもっとハードな進学塾に入るように勧めてくれるけど、僕は、今の塾のままがいい。都倉先生はもういないけれど。

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