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第60話 初恋(3)
僕は、それ以来、その場面が頭から離れなかった。先生はずっと背を向けていたから、僕が見てることには気が付いてないに違いなかったけれど、ためらうことなくキスに応じていたその姿は、僕には充分衝撃だった。知ってたけど。2人がそういう仲だってことは、もちろん、知ってた。でも、目の当たりにしてしまうと、やっぱりショックだった。先生は涼矢さんのものだということを思い知らされた。そして、僕のその反応が、涼矢さんの意図通りだとしたら。
「あの時、ベッドで、キスしてた。覚えてるよね? あれ、僕に、わざと見せた?」僕はついに、その質問をしてしまった。
「……えっ。……見て、たの? ごめん。」涼矢さんの口調が、途端にぎこちなくなる。
「気が付いてなかった? 目が合ったと思うんだけど。」
「……そんな、わざとなんてことは……。覚えてはいるけど、酔ってて、明生が見てるってはっきりとわかってたわけじゃないんだ。」
「はっきりとはわかんなくても、ちょっとはわかってた? それでもあんなことしたんなら、それは、わざとって言うんじゃない?」
「ごめん。ずるい言い方になるけど、本当に、無意識で。見せつけてやれとか、そんな風に思ってたんじゃないんだ。恥ずかしい話、まあ、ちょっと、そういうこと、したいな、と思って、その時、もしかしてあそこで見てるの明生かな、とは思ったんだけど、ぼんやりそう思っただけで……いや、でも、そこでやめるべきだったよな。それが止められなかったのは俺が悪い。その後も明生、何も言わなかったから、やっぱり見てなかったんだと思っちゃってた。ごめん。」
「ううん、別に恋人同士なんだから、いいと思う。それに、今の、わざと見せつけたんじゃないって話も、信じる。僕ね、その後だって、先生が好きだったよ。今も好きだよ。でも、思い出すたびに、なんかがだんだん変わってきちゃって、前みたいには、先生が好きでいられなくなった。」
「悪かった。あんなこと、酔ってようがなんだろうが、こどもの前でやるべきじゃなかった。」
「僕はそこまでガキじゃないって涼矢さんが言ったんじゃん。」それから、中学生だからって好きって気持ちが軽いとは思わないとも、言ってたっけ。
「ごめん。」涼矢さんのその言葉には、とりあえず適当に謝っておけ、という雰囲気はなかった。
気がついてたけど、わざとじゃない。そんなのってあまりにも都合よすぎて、納得行かなかったけれど、でも、仕方ないとも思った。
だって、涼矢さんの、涼矢さんらしくない「言い訳」を聞いているうちに、僕には分かってしまったから。
涼矢さんは自覚してないのかもしれないけど、涼矢さん、僕に、嫉妬してたんだと思う。
そのことを、僕がこどもだから、認めたくなかったし、僕がこどもだから、我慢してた。それがきっと、お酒の力で、何かが外れて、あんなことをした。見せつけるつもりはなかったというのは本当なんだろう。でも、見られてもいいとも思った。無意識だったかもしれないけど、僕に、先生は自分のものだって、わからせたかった。茶々は普段はおとなしいけど、誰にも触れられたくないものに誰かが触れようとすれば、ものすごく威嚇する時だってある。猫と一緒にしちゃ悪いけど、でも、そういうことって、大人にもあるんだろう。
僕は、涼矢さんがわざとあんなことをしたなら、許せないって、思ってた。だからこそ、確認するのが怖かった。
でも、もう、いいや。涼矢さんは、僕を邪魔に思って、僕を苦しませてやろうと思ったわけじゃない。そのぐらい、先生のことが好きだってだけなんだ。そのことが、僕には分かったから。僕は、そこまで強い感情で先生を好きなのか?と聞かれたら、そうだとは言えない。そこまで深く誰かを好きになるのは怖いとさえ思う。僕は結局、涼矢さんと先生を奪いあえるほど大人じゃないんだ。そんなの、分かってたけど、今、やっと、「ほんとうに、ちゃんと」分かったって気がしてる。分かってしまった以上、僕はもう、今までみたいに無邪気に、先生が好き、それも、涼矢さんのことが好きな先生が好き、なんて言えない。気が付かないふりをし続ければ、今まで通り2人に甘えていられたと思う。でも、それって、2人の優しさを利用しているだけだ。
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