1 / 12

第1話【余命宣告】 (上)

 春が終わり、じっとりと汗ばむ季節が続く中……白衣を着た一人の青年が、小さな声で呟いた。 「……持って、あと一ヶ月です」  悲痛な面持ちでそう言う医師は、呟き終えると同時に俯く。  それは……余命宣告だった。  医師から、自身の余命を告げられた久米川(くめがわ)義人(よしひと)は泣くでもなく、怒るでもなく……静かに、医師を見上げている。  ベッドの上で、上体だけを起こして座っている義人の体は、痩せ細っていた。  長い間まともに日の光を浴びていない肌は白く、どことなく血色が悪く見える。  それでも、入院当初からナース達を夢中にさせた容姿は、変わらない。  淡いクリーム色の髪は散髪をしていないことによって、まるで女子のような髪の長さ。  それに加えて、紺碧色の瞳は宝石のようにキラキラと輝いている。  芸能人のように整った顔立ちと、黙っていても漂っている品の良さ……長期入院をしていても、他者を惹きつける美貌はそのままだ。  痩せたことにより、少し頼りなく見える体躯だが、それが義人の纏う印象を儚くも美しく、引き立てている気さえする。  義人は黙って医師を見つめていたが、やがて口を開く。 「残り一ヶ月、よろしくお願いします」  そう言い、口元だけを緩めて……義人は、笑って見せた。  医師とナースが退出してから、一人きりになった病室で義人は、小さく息を吐く。 (実感、無いな……)  ベッドの上に座ったまま、目を閉じる。  『一ヶ月後に死にます』と言われ、驚くことに義人は、何の感情も湧かなかったのだ。 (ただ眠るのと、何が違うんだろう……?)  そもそも【死】が何なのか……それすらも、義人には分からない。  それもそうだろう。当然のことながら、義人は一度も死んだことがないのだ。そんな中、死を想定……ましてや理解するなど、できる筈もない。  窓の外からは、激しい雨音が聞こえる。  義人は黙って、雨音に耳を傾けた。 (一ヶ月後って……丁度、梅雨が明ける頃……?)  梅雨入りしたばかりの天候に、想いを馳せる。  身近な【梅雨】という単語を取り入れて、死について考えてみるも……義人は何の実感も得られない。

ともだちにシェアしよう!