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第1話 (中)
激しい雨音だけが、義人の居る病室を包み込む。
(今日の雨は、一段と激しい……)
まるで、窓が開いているかのような音だ……そう思うと同時に、義人は頬へ妙なくすぐったさを感じた。
――髪が揺れて、頬を撫でたのだ。
微動だにせず座っている義人なのに、髪だけが独りでに揺れた。信じ難いことだが、確かに義人はその現象を体験したのだ。
義人はすぐに目を開き、窓の方へ視線を向けた。
(――え……っ?)
窓を見つめた義人の目が、見開かれる。
――誰も触れていない窓が、開け放たれているのだ。
カーテンを揺らし、同時に頬を撫でるかのように、病室に風が入り込む。
何にも遮られることなく、激しい雨音が義人の鼓膜を震わせる。
その光景は、余命宣告を受けたことよりも衝撃的で……義人には、理解できなかった。
(窓……いつから、開いて……?)
理由は分からないが、このままでは大量の雨粒が病室の床を濡らしてしまうかもしれない。義人は重たい体を動かそうと、視線を一度窓から外す。
――そこで、自分以外の誰かが病室に居ると気付いた。
「っ!」
医師ではない。ナースでも、なかった。
義人は息を呑み、ベッドの上で体をビクリと震わせる。
義人の前に立っているのは、背の高い男性のように見えた。
蒸し暑い季節に似つかわしくない、厚手で黒色のロングコートと、口元まで隠れる大きなマフラー。
フードを目深にかぶっていて、マフラーで隠れているせいもあり、表情が読めない。黒色のロンググローブと黒色のブーツも相まって、不気味に見える。
義人には、そんなファッションを好む友人がいない。知人にも、いない筈だ。
(誰……?)
いったい、この黒ずくめの怪しい人物は誰なのか……そもそも、どうやってこの部屋に入ってきたのかすら、義人には分からなかった。
病室に入る方法は、先程医師とナースが出て行った扉だけ。しかし、扉が開閉したなら義人は気付く。
扉を開閉せずに、病室に侵入していた……にわかには信じ難いが、そうとしか考えられない。
ふと……病室に響く雨音が、一つの仮説を義人に立てさせた。
(……窓、から……?)
考えて、すぐに否定する。
何故なら……この病室は、五階にあるからだ。
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