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第5話 (下) ~了~
初めてデュラハンと会った日の、耳障りな雨音を思い出す。
(『傍に居る』って、言ったのに……)
死期の迫った人間の元に現れるデュラハンという存在……病気の完治した自分の前には、もう姿を現してくれないのかもしれない。義人は、そう考える。
医師は言った。
『久米川さんの体を蝕んでいた病が、綺麗さっぱり消えているんです』
理由や理論、理屈すらも分からないけれど、デュラハンが助けてくれたんだという確信めいたものを、義人は抱いていた。
――けれど。
(デュラさんがいないのに、生きてなんて……いける筈、ないよ……っ)
デュラハンと過ごした日々が、何よりも充実していた日々だったのだ。
健康な体を手に入れて、ただ黙って寝ていることが苦しくない体になったとしても、デュラハンに会えないなら意味なんて無い。
義人は意味も目的も無く廊下を進み、視線を窓から逸らす。
――逸らした先にあったのは、階段だった。
義人は一度、車椅子を停める。
(……死を予言する、存在……)
義人は車椅子の進行方向を、変えた。
ゆっくりと階段へ近付き、車椅子に座ったまま下の階を見下ろす。
――ただ一目、デュラハンに会いたい。
義人が階段から車椅子諸共落下しようとするのに、それ以上の理由は必要無かった。
義人はタイヤを力強く握り、回そうと腕を動かす。
「デュラさん……っ」
痛いかもしれない。怖いかもしれないし、会えない可能性だってある。
それでも、義人は下の階目掛けて……車椅子を、動かした。
「ッ!」
目を閉じて、落下の衝撃に耐える。
――が、突然後ろに引っ張られた。
義人は、ゆっくりと後ろを振り返る。
辺りには誰もいなく……ただ、一つの黒い影だけが見えた。
蒸し暑い季節に似つかわしくない、黒色のロングコートと厚手のマフラーを身に着け、フードを目深に被った青年のような誰かが、すぐ後ろに立っている。
「度し難い真似をするな、空け者……!」
義人よりも低い声が、焦りを孕んだ口調で静かに怒鳴る。
義人は紺碧の瞳を見開いて……すぐに、笑った。
「大好きっ!」
開け放たれた廊下の窓からは、小さな雨音が響いているが……それこそ、義人にとっては些事だ。
義人の笑みを見て、黒ずくめの青年と思しき存在が悔しそうに瞳を歪めた後……小さく笑ったのを知っているのは、小さく響く雨音だけだった。
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