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第5話【雨音だけが知っていた】 (上)

 一週間後に退院できると言われてから五日が経ち、義人は病院内で車椅子を動かしながら移動する。  最期だと思われていたあの日……目を覚ました義人の体は嘘のように全快し、呼吸の辛さも体の熱さも……不調が何一つ無くなっていた。  慌てた様子で病室にやってきた医師やナースが言うには『ナースコールが鳴ったから、慌てて見に来た』とのことだが、義人はそんな物……押した覚えが無い。  自分が生きていることよりも、義人には気になることがあった。 『ここに、俺以外の人はいませんでしたか?』  医師もナースも、義人の問いに首を横に振る。つまり、医師達が駆け付けた時にはもう、デュラハンは姿を消していたのだ。  姿を見られたくない……その時は、それで納得できた。  しかし、病室で一人になってからデュラハンを呼んでも……その姿を、義人に見せることはなかったのだ。  毎日、何度呼んでも……デュラハンは、現れなかった。  その間にも、義人の退院準備が進められていく。医師に『暫くは歩くのも不慣れだとは思うけれど、すぐに慣れる』……そう言われた義人だったが、そんなことどうでも良かった。  ただ一目、デュラハンに会いたい。義人には、それしかなかった。  車椅子で、五階の通路を進む。義人の表情には、一切笑みが無い。  虚ろな瞳で車椅子を動かし、人を惹きつける容姿はそのままだというのに、どこか近寄り難い雰囲気を出していた。  夢なんかでは、ない。確かにデュラハンは、義人の目の前に現れた。  義人の体が、デュラハンとの行為を憶えている。中に出されたデュラハンの熱を、しっかりと憶えているのだ。 (デュラさん……)  ふと、窓に視線を向ける。  余命宣告を受けてから一ヶ月が経ち、梅雨も明けようとしているのか、最近は雨量も減っているように感じられた。

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