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第4話

 総一との三度目のキスは、息も継げない程の激しいキスだった。  四回目も、五回目も。  それ以降はもう覚えていない。  数え切れないキスをして、俺達は裸で抱き合った。  抱き締めてもらえる事もないと思っていた腕。  その腕が、少し乱暴に俺を押さえつけ、抱き締めている。  温かい。  総一の熱を感じる。息を切らしながら、腰を押し付けてくる。  技巧も何もない、若くて不器用で、愛しいセックスだった。  学ランを脱いだ総一の上半身は、いつか体育の授業で盗み見た、しなやかで綺麗なあの時のままだった。  そう言えば何で学ランなんだろうな、と今更思う。  卒業してたった数ヶ月だけれど、体だってきっとあの時のままじゃない。  俺だって身長は2cm伸びた。  俺が知らない間に、総一だって成長している筈だ。  それでもあの頃の総一の姿で現れたのは、俺の願望なのだろうか。  不器用に抜き差しされる熱い舌も。  やっぱりこの総一は、俺の妄想なのだろうか。 「考え事か。余裕だな」  と、余裕のない表情でぽたりと俺の裸の胸に汗を落としながら、総一が言った。 「お前の事しか考えてない」  俺の答えに、総一は鼻で笑う。  しかしその表情を見たら分かる。嬉しそうな顔しやがって。  俺のナカで、総一のそれがどくんどくんと脈打った。  ナカに放たれた熱を感じながら、思った。  もし俺がオンナだったら、この子種で俺は総一の子を身籠ることができただろうか。  総一の生きた証が欲しかった。  手元に、この体に、刻み付けて欲しい。  ☂  空が白み始めていた。 「学校は?」 「今日はもう良い。ずっとこうしていよう」 「そうだな」  総一の言う事が本当ならば、総一は今夜いなくなる。だったら今日はこのままでいたい。ずっと総一を感じていたい。  ぐり、と挿入されたままの総一のそれが奥を抉った。 「あ、うっ……」 「泰知、もう一回……」 「ん、良いよ。んっ、あ、あ……っ、そ……いちっ、あッ」  こなれてきたのか、ただ押し付けるだけだった動きから段々と、総一が明確な意思を持って俺の奥を穿ってくる。雨音に混じり、グチュグチュといやらしい水音が響く。  畳に敷いた煎餅布団の上で、俺達は何度も交わった。  繋がっては果て、総一のそれが硬くなれば飽きずにまた繋がる。  そんな怠惰な時間を過ごした。  厚い雨雲に覆われた日が傾き始めた頃、流石に腹が鳴って俺は動けなくなった。  総一は冷蔵庫から昨日もらった煮物を持ってきて、俺に食べさせてくれた。  互いの体液でドロドロになった布団と体に、ちょっと笑う。 「風呂、入るか?」 「動けねぇよ。この絶倫め。食欲はないくせに性欲は有り余っているんだなアジサイの精ってヤツは」 「自身の子種を遺したいと思うのは、生物として当然の本能だからな」  総一は小さく笑うと「少し眠ろう」と俺の髪を梳きながら言った。  夜中に目を覚ましてからずっとセックスばかりしている。流石に眠い。 「お前は、何も聞かなかったな」  眠ろう、と言ったのは総一なのに、総一は目を開いたまま、ポツリと呟く。  そう言えば眠る必要がないと言っていた。 「そうか? 聞いただろ、お前に相変わらずバカだなって言われたけど」  そうだったな、と呟いてまた笑う。  俺は重たい瞼と必死に戦いながら「何だよ、何か聞いて欲しかったのか?」と言うような事をむにゃむにゃとたずねた。  それに対して総一が何と答えたのかは覚えていない。  ☂  ふと目を覚ました。  辺りは真っ暗だ。  重い瞼をパシパシさせて、状況を把握する。裸で寝ていた筈なのに、俺は新しい下着とTシャツを身につけている。  昨晩から何度も何度も、総一と交わって、それからーー。  ーー雨音がしない。  俺は跳ね起きた。  雨は殆ど上がっていた。雨雲の隙間から月が時折見え隠れしている。明るい夜だった。  総一は小降りになった雨に静かに打たれていた。 「総一!」  裸足で庭に飛び出した俺を見て、一瞬の瞠目の後、微笑んだ。  縋り付くように飛びついた俺を、学ランに包まれた腕が抱き止める。 「何て格好してるんだ。それに裸足で。怪我するぞ」 「 お前……消えるのかっ?」 「最初からそう言ってるだろう」  だから、さぁもう泣き止め、と総一は言った。  そう言われて、俺は初めて自分が泣いている事に気が付いた。ハッとして流れ落ちる滝のような涙を掌で押さえる。  なぜ、この男はもう何もかも吹っ切れたような晴れやかな顔をしているのだろう。  総一は今度こそ消える。  俺の前から、いなくなってしまう。  そんなのは嫌だ、無理だ。  総一と離れるなんて、きっともう耐えられない。 「そう思ってくれて嬉しいよ、泰知」  総一の声に、ギクリとする。 「願わくはお前のその体に、僕のものだという痕跡を刻み込んでやりたい」  縋り付く俺の手をゆったりと外し、総一はいつかの夜のように、濡れた俺の頬にそっと触れる。  総一の掌に包まれても、その手の温もりはもう感じられない。 「この肌を伝う雨の一滴一滴が羨ましいよ。この先も、ずっと君に触れられる。僕よりずっと近くで君に触れる、その雫さえ妬ましいんだ」  総一の端整な顔が近づいてくる。  唇が触れる。  そう思った瞬間、俺はそっと目を閉じた。  次に目を開いた時、総一はもういなかった。雨は上がっていた。 「総一……?」  呼びかけたところで、返事はない。 「ああ、分かった。そこにいるんだな」  そのカケラを埋めた、アジサイの下を俺は必死に掘り起こした。 「総一、どこにいるんだ……」  しかしいくら掘っても、埋めた筈の総一の骨は見つからない。  まさか最初から全部、俺の妄想だというのだろうか。  雨が、本当に総一を連れて行ってしまった。  ーー雨が止んだら泣き止むんだよ。  総一の声が、頭に響く。  不思議と涙は出なかった。

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