3 / 4

【1】恋煩う……③

 体は軽い。何をやっても、これでもかというくらい集中できる。診察の勘も冴え、オペのスピードもいつもよりアップしている。やる気に満ち溢れ、今すぐにでも走れそうだ。看護師や技師にも「先生なんかスゴイです」と驚かれるほどだったが、心のどこかで満たされないものがあった。  惣太も伊武も仕事が忙しく、毎日会えるわけではなかった。一緒に暮らしたりも、まだしていない。会えないと分かっている日は朝から心がしぼんでしまう。そんな日は、いてもたってもいられず、忙しくするためにわざと仕事の量を増やしたりした。海外の論文や学会誌を読んだり、新しいオペの術式やアプローチを無理矢理ひねり出したりして、隙間の時間を埋める。そうでもしていないと伊武のことを考えてしまう。そして寂しくなってしまう。  不思議だった。  以前ならのんびり過ごしていたはずの時間を普通に過ごせなくなっていた。どんなふうに過ごしていたのかもよく思い出せない。  ――おかしい。  心が通じ合ったはずなのに、また新たな恋の病に罹りつつある。  気持ちが落ち着かない。  伊武に会いたい。  薄暗い医局で一人、スマホを眺めた。  今日もメッセージがたくさん来ていた。返信をしようとあれこれ考えて、いい言葉が見つからず、結局、カワウソがハートを抱えているスタンプだけを返した。ちゃんと既読になっているのが嬉しい。  明後日の当直を終えてしまえば、また伊武に会える。連続で三十六時間勤務することもあったが、次は問題なく会えそうだ。一日、共に過ごせる。そう思っただけで頬が緩んだ。  不意に声を聞きたくなったが通話は控えた。休憩中とはいえ仕事中だし、何より、伊武の声を聞いてしまったら余計に寂しくなりそうで怖かった。スマホの中に保存してある写真のフォルダを開く。様々な角度から撮られた伊武の姿があった。  ――カッコいいな……。  三つ揃えのスーツ姿で立っている画像が惣太のお気に入りだった。  手脚が長く、がっしりとした肩のラインや男性的な腰のラインが色っぽい。スーツの袖から覗く筋張った手首や手の甲、清潔な指先にも色気を感じた。少し深爪気味なのがアンバランスで可愛いのだ。そして、ミリ単位で調整されたフルカスタムのスーツ姿に、いつもうっとりしてしまう。  ――なんか戦闘服みたいなんだよな。  皆から若頭と慕われているこの広い背中に後ろから抱きつきたい。上着の内側にこっそり腕を忍ばせてYシャツの上から伊武の筋肉を感じたい。  指先でピンチアウトして伊武の顔を眺める。真っ直ぐ伸びた眉と、鋭いけれど奥に優しさを湛えた瞳。高い鼻梁と薄い唇。影のある頬も男らしくて魅力的だ。  ――ああ、カッコいいな。  伊武の声を聞きたい。そして、逞しい体に甘えて抱きついて、頭がくらりとするような伊武の匂いを嗅ぎたい。  だがしかし、ここまでは全て妄想――  実際に会ったらそんな勇気はない。現実の惣太は未だに伊武とまともに目を合わすことさえできない状態だった。  見た目はカワウソ、心はチキン。自分でも本当に面倒くさいと思う。  キスどころか好きだとさえ言えず、伊武に部屋の隅まで追い込まれて、きゅんきゅん鳴くことしかできない。  林田の前ではあんなにも饒舌になれるのに、一体、どうしたというのだろう。妄想の自分と実際の自分に乖離がありすぎる気がする。このままで本当に大丈夫なのだろうか。

ともだちにシェアしよう!