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第1話

唐突だが俺には気になっている奴がいる。高校の同じクラスの女の子、ではなく男。2年に上がったこの春から同じクラスになった。 部活は一緒だけどそこまで仲が良いという訳でもなかったが、同じクラスになって話す機会が増えたら結構面白い奴だとわかった。 部活が一緒なのに何故そこまで話さなかったかと言うと、俺の部活は軽音楽部だからそれぞれのバンドを組むか、同じ楽器でパート練習でもしないと一緒になる時がないからだ。 ちなみに俺はドラムであいつはギター。 奴は…、仮にKとする。Kは軽音に入る前からギターが出来た。だから最初から同時期に入部した初心者の同級生に教えてあげたりして、面倒見の良い奴だな、くらいの印象だった。 俺の学校では夏に新人戦があり、それに向けて誰もがバンドを組まなければならない。それが終われば解散しても良いしそのまま続けてもいい。 人数の関係でいくつかのバンドをかけもちしてる奴もいた。 ある日、部活の練習には早かったがやる事もないので早めに音楽室に向かった。 するとパート練に使われる、なぜか廊下に置かれているピアノを弾くあいつがいた。しばらく弾いてるのを聴いて、ひと段落ついたようなので声を掛けた。 「おー、お前ピアノも出来んのか」 「あ…えっと…」 「あ、俺S、3組でドラム」 「あー、Mと同じクラスか」 「そうそう、で、ピアノ弾けたんだ?」 「あぁピアノ習ってて」 「あーね、昔に親に無理やり行かされたヤツな」 「いや、今も。今もレッスン行ってる。自分が好きだから」 「へえ、凄いな!ギターは?習ってた?」 「いや、ギターとベースはパ…、父親に教えて貰って」 「え、すごいじゃん!親父さん弾けんのか」 「うん、父親も昔バンドやってて」 「へぇ、いいなあ、俺んとこは全然」 「そうかな?…あ、呼ばれたから行くわ。じゃあまたな」 「おー、またな」 これが一年の時にした会話。 また、と言った割には話す機会もなく、それっきり。 それから新人戦に向けて猛練習が始まり別のバンド、別のパートだったKとは話すこともなく時間だけが過ぎていった。 新人戦に出るバンドは全部で10組、その中で優勝したバンドが先輩たちと一緒にサマーライブに出られる、ということだった。 Kがいるバンドはあっさり優勝した。 あっさりかはわからないが少なくともKが必死に練習してる姿は見たことも聞いたこともなかったのは事実だ。 俺たちは結構本気でやってたから悔しかった。 Kのバンドはボーカルがめちゃくちゃ上手いしドラムもこの春から始めた割にしっかりしてるし…、と自分の中で言い訳を作って悔しさを昇華した。 新人戦が終わるとこれまたあっさりとKのバンドは解散した。 どうやら最初から新人戦まで、ということだったらしい。なんだそれ。 そんな間に合わせのバンドでやってあっさり優勝して…。 また悔しさが込み上げて来たが仕方ない。 それから夏休みが明けて9月の文化祭で先輩の出るステージの盛り上げ役やら照明やらに駆り出された後、Kは部活に殆ど来なくなった。 たまにふらっと現れては誰かに楽器を教えたり少しだけ自分もギターやベースを触って、知らないうちに帰っていた。 同じクラスになってからも話す機会は増えたがめちゃくちゃに仲が良い、と言うほどでもなく、仲の良いグループの1人、という感じだった。 さっきも言ったように、俺はKにはいまいちすっきりしない思いがあったからちゃんと話したいとも思っていた。 終業後、部活に行こうと向かっていたら前にKに会った、渡り廊下のピアノの音が聞こえてきた。 ちょっと気になったので自分のパート練の教室とは方向が違うが覗きに行くと、そこにはピアノを弾くKと同じ椅子に座り、連弾をする3年の先輩(男)がいた。 ジャズのフレーズっぽいのをどうやらお互い即興で楽しそうに弾いているらしい。 先輩が弾くとKが返し、そのアレンジを残しつつ先輩がまた返し…を繰り返していた。聴いたことのない曲もあれば誰もが知ってる曲をジャズっぽくアレンジしたりして、何故だか入っていけないような雰囲気だった。 俺が鍵盤を弾けないのもあるが、あんな楽しそうにピアノを弾いてるのを見るのも入っていけない原因のひとつだった。気にくわない。気にくわない? 何故だ。 何故かはわからないまま、俺はその日、部活をさぼった。 2年になってからは新入部員に教えなければいけない、という事もありKは部活にほぼ毎日来るようになった。 教えるのはギター・ベース・ピアノ、と幅が広いので男女関係なくあちこちで声がかかる。 俺は俺でドラムを教えないといけないし、同じ部活でもなかなか話せない。 いや、話したいのか俺は? 気付けば何処かにいないか探したりして、なんだか訳が分からない。 あいつ高2のくせに小さいから探しにくいんだよなー、なんて思いながらその日も部活に向かうが、最初に集合して先輩の話を聞く時にもKは居なかった。隣のやつにそれとなく聞けば、生徒会室にいると言う。 何故だ? 「遅れてすみません」という声と共にドアが開けられKが入ってきた。 「おー、Kか。大丈夫だ、ちゃんと理由聞いてたから」 はい、と返事をし席についた。 それから斜め前に座るKをぼーっと見ながら先輩の話を聞いていた。 (あいつちっせえから座ると余計にちんまりしてるな…なんかほっせぇし…なのにギターはまじかっけえんだよな〜てかあいつまじで色白いな…夏も焼けてるの見た事ないし。なんか焼けないって言ってたな…そばかすだけ出来て秋にはそばかすも消えるって。どんな体質だよ。色白いからくちびる赤く見えるな〜うまそー…うまそう?) ガタッ!!と立ち上がってしまってみんなの注目を集めてしまった。 「おー、Sどうした?」 「あ、いや…あー、ちょっとトイレいってきます!」 なんだあれなんだあれなんだあれ!! うまそうってなんなんだよ!!! 男だぞ?同級生の!同じクラスの! 男!! 確かに背も良い感じに低くて色も白くて細くて…いやいやいや!!あいつマジで男だから!声も低いし!いやホントなんであの体であの顔であの声なの、どうせならもうちっと高い方が…どうせならってなんだ!どーぅした!俺!がんばれ俺!! 廊下の先の手洗いで顔を洗って濡れたまま突っ立っていると横からタオルが差し出され「使うか?」と聞こえた。 あー、そうそうこの声、低くてちょっとウェットなんだよなー良い声… 「おい?大丈夫か?」 ハッと気付き横を見るとKがいた。 夕日をバックにするその白い肌がオレンジに染まっていたから思わず綺麗だな、と呟いていた。 「なにが?」 「…え?……あっ!夕日!ゆう、ひ、が…綺麗だな、って」 振り返り、眩しそうに目を細め、あぁ、とKが答えた。 「タオル、良かったら使えば?リュックに入れっぱだったヤツだけど」 「お、おう、さんきゅ」 じゃあ、練習行くから、とKは行ってしまった。 俺も練習行くかー…ドラム叩きまくれば煩悩?も吹き飛ぶかもしれないし、と練習に行ったが結果はボロボロで他のヤツらに怒られまくった。 俺は電車通学だからその時間を使って頭の中を整理した。 結果、自分のこの訳のわからんモヤモヤはどうやら思春期だから、で片付けられそうだった。 そうなるとちょっとスッキリして、あーね、思春期ね、わかるわ、ちょっと可愛い系の男の子って気になったりするもんな!溜まってんだな、コレは!帰ったら抜いておしまいだ!はー、スッキリした!はっはっはー! 暫くはそれで自分が納得してたから良かったんだが。 ちょっと待てよ?ともう一人の自分が悪魔のように囁いた。 いくら思春期だからってな、ここは男子校じゃねえぞ??? ワー!ホントウダネ☆ 頭の中の自分と格闘してたら女子のグループがきゃいきゃい言う声が聞こえた。 「え、まじで!?これ、えっ?凄くない?」 「いや〜!あたしより綺麗だよ…スッベスベじゃん!」 「超羨ましい〜!なんでこんなスベスベさらさらしてるのー?」 「それになんでこんな柔らかいのよ」 女子があんまり騒ぐもんだから男どももその輪の中心を見に行っている。 俺より気になって見に行ったら、騒がれていたのはKだった。 しかも数人の女子達がKの手を両側からそれぞれ2、3人が触っている。 女子に、あんたも触ってみなって!と言われた男子がKの手を触ると「うわ!まじだ、すっげえ気持ちいい…」とウットリしている。 ウットリ男子に、お前も触ってみろって!すげーから!と言われ、半ば無理やりに手を引っ張られ、困った顔でこちらを見ているKの手を触った。 「うっ…わ…」 「な?すごいだろ?」 「ねー!信じられないくらい気持ちいいでしょ!」 「う、うん…」 Kの手は男のくせに柔らかくすべすべとしていて吸い付くような肌だった。 手荒れなど一切ない白く細い指、さらさらとした肌触り、余計な肉などないのにもちもちと柔らかく、ずっと触っていたかった。 代わる代わる触られていたせいか掌はしっとりと汗ばんでいて、その感触がまた色っぽく…。色っぽく? 「あー!悪いな、女の子ならまだしも、べたべた男に触られて気持ちわりーだろ!わり…」と、何故か焦って早口で訳の分からん言い訳をしてしまった。 それをキョトンとした顔でしばらく黙っていたKはプッと吹き出し、なに焦ってんのwと笑った。 「いいよ別に。母親がよく触ってくるし、中学の時から同級生とか女の先生によく触られてたから。手とか顔とか」 「えー!女の先生ってなんかやぁらしぃ〜!」 「いや、その先生によくほっぺムニムニされたんだよな…」 「あーKくんほっぺも柔らかそうだもんね。触っていい?」 女子にそう言われ、ますます困った顔でどうぞ、とKが言う。自分でほっぺの話を出してしまったから断れないんだろう。 そうっと頰に触れた女子が、うわ…と控えめに声を出したあと、ちょちょちょちょ!!と叫んだ。 「うわぁ〜ん、なぁにい〜超柔らかーい、もちもち〜♡」 「わっ、まじだ…♡すべすべもちもち〜♡」 「えー、Kくん本当に男の子?なんで思春期の男子のくせにニキビないの?なんで脂っぽくないの〜?」 「本当ほんと!あんた達とぜんっぜん違う〜」 なぜか周りの男子がディスられ始め、自分のせいだと思ってしまったKは変に言い訳を始めた。 「いや、あの俺もべたべたする時あるよ、背中とかニキビ出来たりするし、ほらおでこにもニキビちょっとあるし」そういうと距離の近さを勘違いした女子がKの前髪をあげる。 「あ、ほんとだね、ちょっとだけニキビある」 「うん、だから別に、あの…」 本格的に可哀想になってきたので止めてあげよう、さすがに俺も面白くないしな。 「おいお前らもうそこら辺でやめてやれよ。K困ってんぞ」 「あー…、そうだね。ごめんね?Kくん触りまくっちゃった!でもまた触らせて〜、そのほっぺが恋しくなったら」 「あー、うん…わかった」 キャッキャ騒ぎながら女子たちは自分の席へと帰っていった。 「ごめん、ありがとう」 やや憔悴した顔のKに礼を言われるがこんなこと別に礼を言われるほどでもないし。 「いや、別に。大変だな。いつもこんなだったのか?中学の時とか」 「ここまでじゃなかったよ。先生や同級生がたまに手とか顔とか触るくらいだったし、こんな騒がれなかった、から正直助かった…」 「良いって!で、お母さんも触ってくんの?」 「あー、うちの母親スキンシップ激しいんだよな…でもそれが普通って言うか…妹にもそうだし。普通にハグとか…ゲームしてたら後ろからハグして一緒に画面見てる。すぐに3D酔いするから離れるけどw」 は?ハグ?高2男子に?や、息子なら普通なのか?妹にもするって言ってたからそれがKんちでは普通なんだろう。 だからコイツわりと誰とでも距離が近いのか…。パーソナルスペース狭いと言うか…。 ふいっと一人になるくせに、物理的な距離の詰め方が結構グイグイ来るもんな〜、なるほど。 普段からそうだから距離詰められても触られても別にそんな嫌じゃないんだな。今日のは困ってたけど。 「あー、そうなんだ。じゃあ自分からも結構グイグイ行くの?」 「や、自分で知らないうちに距離詰めちゃってて嫌な思いさせてたらごめんとしか言いようがないんだけど…。多分触ったりはしてない、はず…」 「触ったりはしてないよ、俺が見てる限りは」 「あ、良かった…。ウザがられてたらどうしようかと思ったw」 「や、それはないないw安心しろ」 俺もひと安心だ。 なんだかんだで部活も終わり珍しく帰りは2人っきりになってしまった。 俺は駅まで歩きだしKはチャリ通だからいつもなら門の所で別れるんだが今日は俺が声を掛けて駅まで一緒に帰ることになった。 駅までの方向は一緒だし、たまに他のヤツとも駅まで一緒に行ってそこらで喋って帰るって聞いたこともあるし俺も誘っても良かったよな…? 駅までの道は徒歩で10分程だから話が盛り上がった頃にすぐに着いてしまう。 あー、もうすぐ着くなーと思ってるとKが「あ、ちょっと待って、あの自販機のアレ!飲みたかったヤツ」と言って買いに行ったが売り切れていた。 「あー!飲みたいと思ってたのに無かったら余計に飲みたくなってきた…てか普通に喉乾いたな…、でも飲むんならアレが良いしなー」 「…遠回りになるけど、あっちの公園の自販機にそれ売ってたぞ」 「え?まじで?どこの公園?ってか公園あったんだ、この辺」 「入学したばっかの頃は帰りとかブラブラしながら帰ってたんだよな。この辺あんま何もないからさ」 「まぁ確かにw学校の向こう側は畑とか工場とか?あっち側はデカい幹線道路渡ったら駅の方だから店あるけど。俺チャリだから通学路にしてる道くらいしか通らないから知らなかった」 「ちょっと行った所の、あの団地と畑越えた先にもう今の時間は暗いけど良い感じの公園あるんだ、そこに自販機ある」 「え、どうしよ、行こっかな。道教えてくれる?そしたら俺買いに寄ってから帰るから、ここで別れるな」 「あー…、俺も行くわ」 「でもこの時間に寄ってたら電車混むんじゃないか?」 「大丈夫だろ、てか俺も喉乾いたし」 いやこれさすがに苦しいだろ…。 目の前にKのお目当ての物が無いとは言え、普通に飲み物売ってる自販機あるしな。喉乾いてんならここで買って別れてラッシュにも巻き込まれない今帰りゃいいじゃん。 自分でもわかっていた。 俺はまだこいつと一緒にいたいんだ。 それが分かると自然に汗が出てきた。 Kはそんな俺の思いを知ってか知らずか、というか誰が見てもわかる俺の一緒にいたいアピールをスルーしてくれたのか、ありがと、道教えてくれる?と小首を傾げてから一緒に行こう、と言った。 なぜそこで小首を傾げる…けしからんな…、と思いつつも顔には出さず歩き出した。 公園を少し入ったところにある自販機の前に自転車を止め、飲み物を買ってベンチに座った。 俺は焦りもあったからゴクゴクと半分ほど飲み、プハーッと息を吐いた。 「ははっ、本当に喉乾いてたんだな。良い飲みっぷりw」 「あ?あぁ、今日なんか暑いしな」 「そうか?」 その場の嘘でもなく今日は本当に暑くて俺は朝着てきた制服のセーターを早々に脱いで腕捲りまでしていた。 Kは入学前の採寸で成長を見越して、(というよりKの母親が成長を願ってw)買った大きめのセーターは残念ながらまだまだその体に合ってないので萌え袖になっている。 その萌え袖でペットボトルを掴んだまま動かない。まさか…。 「…えーっと、良かったら、それ…」 「………」 「…開けようか?」 「/////……やっぱわかった?お、お願いします…」 「wwwはい、どうぞw」 「……笑うな」 「悪いwいや、可愛いなーと思っ」 あ、しまった。 「可愛くないよwww非力なだけだ」 俺の焦りとは裏腹に冗談と思ったKは軽口で返した。 勝手に意識して勝手に気まずくなった俺は自分から誘ったくせに一切喋らなくなってしまった。 しばらく黙っていたKだが、やがて心配になったのか、S?どうした?と覗き込んで来た。 心配そうに見上げるK、あたりは暗くなってきたがまだ夕陽が赤く、空の色のグラデーションと幹線道路の車の音、あいつの白い肌、明日は雨の予報だから蒸してきて少し汗ばんだ首筋、やっぱり暑かったんじゃん、クラクションが鳴る、細い指、赤と黒に染まる白、真っ黒な髪、柔らかそうな頰、涼しげな目元、赤い唇、いつか美味そうだと思った唇……… 気付けば、俺はKの頰に手をやりキスをしていた。 「あ、…わり、つい…」 「ど、した、なん、…」 お互い驚きすぎて言葉が出ない。 Kのスマホが鳴る。鳴っている間、お互い無言で鳴り止むまでKは電話に出なかった。

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