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第2話
飛行機を降りた瞬間に、ブワリと熱く乾いた風が顔を吹き抜けた。一番暑い季節を避けたとはいえ、妹の憧れたエジプトはとても暑く、当たり前のことながら日本とは違うのだと椎名黎は実感した。
(確か……ピラミッドとスフィンクス、あとはツタンカーメン、でしたか)
黎は胸の内で妹の言葉を思い出していた。腕に付けた、小さなダイヤモンドが嵌め込まれている華奢なブレスレットにそっと触れる。
古代エジプトのロマンに引き込まれ、エジプトに行きたいと切望していたのは妹だった。テレビでエジプトの特集がやっていれば必ず録画までしては何度も繰り返し見ていた。幼い頃からいつか必ずエジプトに行こうと約束していたのだが、妹を襲った突然の病は彼女に夢の実現をさせてあげる猶予さえもくれず黄泉に連れ去ってしまった。彼女はもうエジプトの土を踏むことはできないが、約束は守ろうと黎は大学を休んでエジプトに飛んだのだった。
白い肌に、運動をあまりしていないからか筋肉の付いていない華奢な身体。一目で外国人とわかる黎はチラチラと見られながら足を進めた。黒く腰ほどまである豊かな髪が汗で首筋に張り付く。鬱陶しくなり黎はゴムで一つに結んだ。
黎の長い髪もまた、妹の好んだものだった。黎としては男なのだし、邪魔で洗髪も大変であるから短く切ってしまいたかったのだが、幼い頃から妹は黎が髪を短くすると火が付いたように泣きわめき、大人になっても切っては嫌だと駄々をこねた。結局末っ子には皆が甘く、黎は髪を切るのを諦め、両親もそれを許容していた。女子でもあまりいないような長い髪は大学でも奇異の目で見られたが、黎自身はどうにも慣れてしまっていた。
しかしもうその妹はいない。悲しみに踏ん切りをつけるために、この旅行が終われば髪を切るつもりだった。大学に近い場所に独り暮らしをしているために、両親も何も言わないだろう。
それにしても暑い。降り注ぐ太陽は痛いほどだ。エジプトの太陽を甘くみていたわけではないが、それでも予想以上だったことは否めない。黎は日差しから目を守るように額に手を翳してほんの僅かな影を作った。さほど余裕を持った旅行ではない為、とりあえず目的を果たそうと首都カイロにある考古学博物館に向かった。入場券を買って中に入る。最初は石像などが展示されており、階段を昇れば、そこには黄金の部屋があった。
先程まで見ていたのは乾いた茶色のものばかりであったのに、ここには黄金ばかりが展示されている。ツタンカーメンの墓から発掘されたものらしい。
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