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第4話

桃李が倒れたのが、夜中。 実家の天塚神社で布団に入って目を覚ましたのが、朝の10時。 そして、再び眠りについて祖母に揺り起こされると、昼をとうに過ぎ夜になっていた。 「気分はよくなった?」 「うん、もう何ともないよばーちゃん。」 「ぐっすり寝てるから、起こすのは可哀相だって言ったんけれど、おじいさんが"そろそろ起こして来い"って、言うものだから。」 「分かってる、ありがと。すぐ行くから。」 桃李を居間で迎えたのは、父代わりとも呼べる自分を育ててくれた祖父。 小さい頃は、厳しく叱るときもあった祖父だが それは、桃李が生きる上で困らないように、という愛だったんだと、二十歳を過ぎて漸く分かった。 しかし、それ意外では、普通で。 殆ど優しく温和で子供好きな祖父。 そんな祖父は、本日何故か。 それはもう大変な ニヤニヤ顔で桃李が来るのを待っていた。 「寝坊助め、ようやく起きてきたか。」 「……………なにその顔。」 「はて。わしは生まれ持ったこの顔に不満なぞ無いが。何か恨みでも買ってしまったか?」 "でたな、タヌキジジイ!" 「じーちゃんがその顔してる時は、大抵。何かを企んでて、しかも、悪いことにそれが巧く行きそうな時だ。」 桃李は、一畳程もある立派な木目テーブルの 何時もの場所にドカッ、と座る。 「そして、その矛先は殆どが俺だ。 今度は、何を謀ってるんだよじーちゃん。」 瞳も声もギラつかせて、 育ての親を、睨みつける桃李。 祖父は、その視線を軽々と去なす。 初夏で気温も高いというのに、 飄々とした素振りで、お気に入りの湯飲みで熱々の緑茶を啜っている。 仕事先の帰りに、骨董市で見かけ衝動買いしたという、この湯飲み。 かれこれ十年近くは愛用している薄いピンク色の湯飲みだ。 祖父曰く、なんとかという陶芸家の品だというが、桃李から見れば一体何がそんなに気に入ったのか。 桃李が知る限り、祖父の唯一の弱点はこの湯飲み位しか思い付かない。 "今日こそ、じーちゃんの話には乗らねえ!" いざ行かん、と口を開こうとしたその時。 祖父の方が僅かに、早かった。 「桃李。お前今、好きな子は居るか?」 そして、祖父の声色が変わった。 「は?」 「居るのか、居らんのか。」 語気が強まる祖父。 その表情は真剣で、抗えない空気を作った。 「いや、俺を好きな子は大勢いるけど。」 「居るのか。」 「え...、と。」 「好きな子が、居るのか桃李。」 桃李は、言い澱む。 「お前がモテるのは知っている。つい最近も、女の子に告白されて、またフラれたというのもな。」 「なっんで!?」 「友康君じゃよ。この神社の世話をしてくれてる。」 「あいつ、!」 「よくよく、教えてくれるぞ。"本当の愛がワカラナイ"等と抜かしたそうじゃのお?」 「お、俺の恋路が何か問題でも有りますか!いい歳してばーちゃんにベッタリ引っ付いてるじーちゃんこそ、かなりイタイじゃんか!」 まさか、予期せぬ親友の裏切りに遇うとは。 桃李は、眼前から猫だましを食らったような気分になった。 「ほっ。わしは、どこもイタくないぞ。 わしも、ばーさんも相思相愛じゃからの。」 「と、友康まで味方にして何企んでるんだ!」 「企むとは、聞き捨てならんが。 まぁ、今回はわしが企むと言うよりは この天塚神社の神様の企みとでも言おうの。」 ほっほ。と笑う祖父は、やはり捉え所が無い。 扇風機がブンと回る音の他には、 テレビと、祖父がお茶を啜る音だけが鳴っている。 「"神様"の企み。ナニソレ。」 桃李は、何故かその言葉に言い様の無い不安を覚えた。確かにここは神社で、祖父は神主だが今は関係ないだろう、と一蹴して見せた。 そして祖父は、眼前に座る息子の様に想ってきた孫へ突如、言い放った。 「桃李。お前、嫁に行きなさい。」 カウントして、たっぷりと3秒。 後に発せられたのは、本日何度目かの台詞。 「は?」だった。 「いやいやいやいやいや。嫁?来るんじゃなくて、俺が行くの?嫁に?マスオさんなの、俺が?」 「…落ち着きなさい、桃李。」 「いやいや、だって。そんな真面目なトーンで何を言ってるんだよ。"嫁に行きなさい"ってことは、婿養子になるってことだろ! 俺が遊びまくってたから、婿に出すのかじーちゃん。それとも、見合いでも来たって言うのか!」 慌てふためく桃李は、居ても絶っても居られず 立上がり祖父にそう訴えた。 「見合い、ではない。」 「じゃあなんだよ!」 「四龍の御告だ。」 「よんりゅうのおつげ、?」 「そうじゃ...その時が来たのだよ。」 "なんだそりゃ。" 桃李は思った。 "今時、神様の御告とかを信じて孫を婿に出すなんてどうかしている"と。 「あらあら、桃李。どうしたのお座りなさいな。」 ハッと顔をあげると、祖父と二人だった筈の部屋に祖母がお盆を持って入ってきた。 お盆の上には、桃がひとつ載っていた。 果物ナイフと、取り皿とフォークがひとつずつ。 「桃李。桃食べる?」 祖母が優しく問いかける。 桃李は腰を降ろし、返事を返す。 「いる...桃は好き。」 「桃はね桃李、うちの神社に所縁があるんだよ。」 「そうなの?」 祖母がまた優しく話始めた。 それは、いつか幼い頃に祖父が聞かせてくれた "昔話"と同じだった。 「むかしむかし。」 ひとや獣や魚や植物をとても愛した神様がいました。御名前は天帝と言います。 天帝は暫く、地上で人々の暮らしを眺め、 見ていてくれました。 人間をお創りになり、慈しみお育てくださっていた神々と全ての命の長であり、父であり母でありました。 天帝はある時、天上へ戻らなければなりませんでした。 それで、代わりに私たちを護るモノたちをおいていかれました。 東西南北あらゆる地と、 あらゆる生き物を守る、四匹の龍でした。 「俺、それ知ってる。」 「あら、話したかしら?」 「ばーちゃんじゃなくて、じーちゃんが話してくれた。俺がまだ小っさい時に。 超スゲー桃のお姫様が出てくる話だ。」 ずずっと、お茶をすする祖父。 「覚えておったか。賢いのぉ。」 一応褒められた桃李だが、ふんと顔を背け祖母に訊ねた。 「お姫様が桃になって、龍たちに力をあげるって話だろ。 …もしかして、その桃がうちの神社に植えてあるとか?スゲー所縁じゃん!」 「植えてはあるが、あれではない。」 祖父が口を挟んできた。 「じゃあうちの神社が桃のお姫様話、発祥の地とか!」 「それに近いねぇ。」 今度は祖母だ。 「違うよ、桃李がそのお姫様だよ」 誰だ…………。 「え。」 今の声、誰だ。 「あら、仁嶺様。」 「おぉ、久しぶりだの。青龍様。」 「は、? はぁあああ???!」 天塚桃李、悪夢再来。 現れたのは、ついさっきオカズにしてしまった男だった。 名前は、仁嶺。

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