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第3話

天塚桃李 齢二十三歳。 家族は、神社の神主をしている祖父母のみ。 両親は祖父母曰く、『とても温厚で誰からも愛され、よく人助けをしていた』という。 しかし、桃李自身にあまり両親の記憶はない。 彼が物心つく頃には、祖父母が彼を育てていたからだ。 桃李は幼い頃に一度だけ、祖母に尋ねたことがある。 「ねぇ、ばあちゃん。どうして、とうりにはパパとママがいないの?」 初夏の昼下がり、祖母と二人で縁側に腰掛けていた。簾の影に入った桃李がそう聞くと、 祖母はひどく切なそうに表情を曇らせた。 しかし、それはほんの一瞬で、 桃李の瞬きの間に祖母は何時ものように、優しく桃李に微笑みかけてた。 「まだ桃李が、三つの時にね。桃李のパパとママはお仕事で遠くに行かなきゃいけなくてね。」 「ぼくしってる。ほっかいどーだ!」 「あら、北海道を知ってるの桃李。すごいじゃない。」 祖母は両手を叩いて、小さな桃李を誉めた。 「でも、そうね。北海道ほどではないけれど、お仕事に行ったんだけど。仕事場に着く前に、車の事故に遭ってしまったの。とても、驚いたし。とても、信じられなくて。とても、悲しかったわ。」 「ばーちゃん…?」 「でもね、桃李。あなたをしっかり一人前の男の子にするまで、ばーちゃんがしっかり育ててあげるからね。」 「うん!」 幼い桃李には、少し難しい話だったが祖母が笑っていてくれるなら、桃李はそれで嬉しかった。 だから、それ以降、桃李が両親について尋ねたことは無かった。 〇〇〇〇〇〇 "なんか、懐かしい夢見たな。父さんと母さんの話、久しぶりに思い出した。あん時のばーちゃん、やっぱり悲しそうだったな。" 「泣くなよ、ば…ちゃん」 夢現で、声は掠れて上手く言葉にならなかった気がする。 「桃李、!」 「ん……………ばーちゃん?」 夢に出た祖母へ呟いたつもりが、 なんと本物の祖母が目の前に居た。 「良かった、桃李! あんたが、夜中に道端でで倒れてたって聞いてから。あたしもう、居ても立ってもいられなくて。」 「あ、そうだ。 心配かけてごめん、ばーちゃん。 もう、なんともないよ。何処も痛くないし今んとこ平気。」 「そうかい、良かった。はぁ...良かった良かった。心配したんだよ。まったくこの子は。」 心底心配をかけたようだ。 なんとも無いよ、と笑って見せる桃李に、 祖母は漸く安心した表情を見せてくれた。 そして、目が覚めたばかりの頭で、 桃李は自分が何故倒れたかを思い出した。 ぐるり、と首だけを動かして、部屋中を見回したが特に変わった所はなかった。 祖父母以外に、人が居る気配も無い。 「ばーちゃん、いま何時?」 「朝の10時ですよ。」 "あのコスプレさんたちは、夢だったんだなぁ。 いやいや、そりゃ、そーだろ。 どうみても、可笑しかったし。 現実的にあり得ない感じだったし。 第一、俺が男にキスされてきもちいい、とか。 まじで、ありえねー。" 「桃李。お昼にまた起こしに来るから、そのまま寝てるんだよ。今日は大学も休むように。お医者さんも安静にするように言っていたからね。」 「うん、わかった。」 祖母は、タオルや桶や何か色々を抱えて部屋を出て行った。 "あぁーーーーー 夢で良かったぁあーーー!!!" 当然、声には出さなくても 今年大一番の派手なガッツポーズをした。 何を隠そうこの天塚桃李は、結構モテる。 女の子のアドレスは、スマホいっぱいに登録されているし、合コンではよく「釣り役」で呼び出される。 桃李目当てで来た女の子を合コン仲間があの手この手でかっ浚おうとするのだ。 それを横目で見ている桃李だが、彼女が途切れたことはない。女の子には優しく、紳士で時には小悪魔になったりも出来る男、天塚桃李。 彼の男友達曰く、"ひとたらし" そんな桃李の「彼女」は何故か何時も長続きしなかった。 歴代の「彼女」たち曰く、 "桃李は私の彼氏じゃないの?" これが、天塚桃李、モテる男の何時もの破局フレーズ。 モテる男を独り占めしたい「彼女」たちには残年な事に、天塚桃李彼は年の頃にしては珍しく、深い懐を持った男だった。 つまり、好意を持ってくれた人に対して、どこまでも愛しく想い、愛することが出来た。 …出来てしまった。 何時かの大学のとある昼下がり。 午後の授業は無く、これから帰ろうという桃李に、一人の学生が声を掛けた。 「あの、天塚さん!と、突然ですが!わたし、と付き合ってください!」 「え…っと。」 見知らぬ彼女に、桃李は少し困った表情を見せる。 「ありがとう。君、名前は?というか、俺なんかでいいの?」 「はい!桃李さんのこと、ずっと見てたんです。こうして、告白なんてするのも、恥ずかしいし。ドキドキして、今もっ、心臓が痛いくらいです。」 「俺のことを考えると、心臓が痛くなっちゃうの?それは、俺が君の心を独り占めしてる証拠だな。」 桃李がくすっと微笑めむと、彼女は顔を真っ赤にして俯いてしまった。 そんな彼女に耳元で、甘く囁いた。 「俺、今すげー嬉しい。気持ち伝えてくれて、ありがと。」 彼女はバッと顔を上げ、桃李と視線が絡んだ。 本当に嬉しそうに、愛おしそうに、 蕩ける瞳で桃李は微笑む。 そんなこんなを繰り返し、桃李の「彼女」はトントン拍子に増えていく。 勿論、桃李は本当に嬉しく思っているし、この彼女を心から愛しく思っていた。 怒らせてしまうと、胸が締め付けられ、 落ち込む姿を見れば、励まそうと知恵を尽くした。 桃李を慕う「彼女」たち皆に。 「桃李は私の彼氏じゃないの?」 この破局フレーズは、桃李の痛いところを突いていた。 そして、 桃李の友人で、合コン仲間は口を揃えて言う。 「女なんて一人いれば、充分だろ。」 「デ〇ズニーランドに連れてけだの、ケーキが食べたいだの。俺は財布か!ってなあ。」 「そーだよ。俺なんかルックスだけ好み、とか言われたんだぞ。」 「「「それなのに、なんでお前には、女が次から次へと寄ってくるんだ‼」」」 好意を持たれれば、その相手を愛おしいと思う。 人数が増えてもそれは、変わらない。 もちろん、思春期になるとこの感性は特殊であることにも気が付いた。 一人だけを愛そうと、桃李も努力した日々がある。 しかし、どうしても。 好意を寄せてくれる相手を無下には出来なかったのだ。 桃李の感性は、本来生まれ持ったものであり、 個性であり、 桃李が桃李として在るためには 必要な感性だと自ずと悟ることとなった。 遊び人と言うには、優しく、紳士で、 ベッドでは柔らかな愛を囁く桃李は、 正しく本物の愛を以て、彼氏であった。 しかし、激しく、貪欲な同年代の女性たちが抱く理想とは、どこか大きく外れてしまっていた。 まるで、この世界で自分だけが愛し方を間違えている様で。 別れを告げられる度、桃李は傷付いていた。 そして、 このもて余す程の愛情の行き場をどこか探していた。 そんなモテる男が苦悩する最中。 霧に巻き込まれ、コスプレの男に襲われて、 あまつさえ"気持ち良かった"等、 悪い夢だったんだ、と桃李は最早確信めいて結論付ける。 しかし、夢にしてははっきりと覚えている。 あの、キスの快感と 何かが腹に溜まりゾクゾクと駆け上がる疾走感を。 「く…っ、そ。夢で良かったじゃねーか。」 そう口では言いながら、ふと あの快感を思い出していた。 脳内をあの時の映像が、フラッシュバックする。 『きもちいいかい、桃李?トロトロで可愛い顔だね。もっと、気持ちよくしてあげよう。』 ーあの時確か、尻を掴まれて。 強く揉まれたり、柔く撫でられたりして。ー 『じ、んれえ。だめだ、ってば…。』 "駄目だって言ってんのに、無理矢理舌が入ってきて。めっちゃ気持ち良かった。 それで、膝で、俺のモノを擦られて。" 「ヤバい、勃…つ、」 夢と言うわりにはっきりと思い出せる感覚に、 不覚にも桃李の自身は反応してしまう。 布団で一人、もそ、っとズボン下着をズラし、 自身に触れてみる。 「…マジで、勃ってる。」 こうなってしまえば、最後までヤるしかない。 「くそ、変な癖が付いたらどうするんだよ。」 男に襲われて、感じるなんて。 しかし、桃李の手は夢中で自身を包み、 激しく手淫を味わっていた。 "男"の熱い唇が桃李の首を伝い、鎖骨を吸う。 "男"の柔い舌が桃李の口腔を荒く摩擦する。 "男"の骨ばった大きな手が、桃李の尻を揉む。 「は…っ、ぁ、あ。」 "男"の匂いが桃李の鼻を掠め、低い声が問い掛ける。 『イキたいかい、桃李?』 「ぃ……っ、!」 イキたい、そう声が出る寸前で 桃李は息を詰めた。 声になら無い吐息で、ほぅと吐き 自身から爆ぜる熱を受け止めた。 「はぁ………。ばかじゃねーのおれ。」 夢の中の"男"相手に。 ナニやってんだか。 「そういえば、アイツの名前。何て言うんだっけ。」 さっきまで、覚えていた筈なのに。 名前が思い出せない。 あぁ、やっぱり夢だったんだ。 そう思う桃李は、 どこか苦しそうな表情をしていた。 まるで、夢であることを 残念に思っているような、そんな表情だった。 それからまた、桃李は夢の中へと潜っていった。 彼らに会うために。

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