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第2話

夜も更けて、間もなく日付が変わるという頃。 ひとりの、家路を急ぐ青年が、宿命に捕らわれた。 「おい、貴様。」 「………はぃ?」 「貴様、桃妃だな。」 天塚桃李-あまつかとうり- 平凡な大学生。 彼は今、"日常"から拐われる。 〇〇〇〇〇〇〇 「おーい、桃李ぃー!明日の講義忘れんなよぉ!」 「お前だってちゃんと来いよ!」 講義が終わり、仲間と飲みに行って 天塚桃李は、ほろ酔い気分で家路を歩いていた。 「やべーな、急がねぇと午前様だわ。」 駅を降りて、改札にある大きな時計台が目に入った。 時刻は11時43分。 つまり、門限まであと17分。 "ここから、ダッシュしたら13分。まぁ4分あるなら余裕だな" 今夜は、何時もの夜より明るい。 ふと、空を仰いだ桃李を満月が見ていた。 月が自分の少し後ろを着いてきていた。 昔の漫画みたいだな、と思いながら 何時も通る公園の横を通りすぎた。 そこから、電柱を三本程通りすぎて、葉っぱだけになった桜がある家を通る。 そこで、桃李は異変に気付いた。 「…霧?」 行く手に、突如薄い霧が現れた。 "そういえば天気予報が言ってた...か?。" 桃李は構わず、家路を駆ける。 しかし、段々と進めば進む程に霧が濃くなり、 桃李の視界を塞ぎ始めた。 "なんか、変だ。" ざわりと、胸騒ぎに襲われ 走っていた足を緩め、そろりと歩きだした。 門限には間に合いそうにないが、仕方ない。 とうとう霧が濃くなり、一メートル手前でも真っ白で、奥行が全く見えなくなる。 それに先程から道沿いにある住宅のブロック塀がやけに続いてる気がする。 "この塀、こんなに長かった...か?" 否定とも肯定とも言えない言葉が、脳裏に浮かぶ。 "この辺りに、最近建った家は無いし。 有ったとしても、俺の勘違いだよな、な!" 初夏とは言え、夜風は冷える。 霧も相まって桃李の髪も服も、少し濡れている。背筋をブルと寒気が走った。 点々と立つ街灯は古く、点いていない物もある。 桃李を照らしているのは、後ろからついてくる満月の明かりだけ。 "サスペンス系ホラー映画じゃんか。 まじで、ちょっとだけ怖くなってきた…っ。" そんな中、進んでいると、 桃李の前方に人影が見えてきた。 霧でよくは見えないが、三人か四人は居るようだ。 「よかった!なんだ。ちょい焦ったじゃんか!」 次第に見えてきた影に、桃李はぎょっとした。 眼前に現れてきたのは、教科書に載っている中国の皇帝の様な格好をした人たち。 "うゎ、やばいのに逢っちゃった。夜中のコスプレとか、まじやめてくれ!怖いわ。つーか、背ぇ高いなぁーこの人!あ、履き物が高いのかー。" 焦るときほど、思考回路は変によく動く。 "絡まないで絡まないで絡まないで" "俺なんか無視してくれ、どーぞどーぞ!真っ直ぐ進んでくれ!" なんとか穏便に、しれっと、横を通りすぎたい桃李は胸中穏やかでない。話し掛けられないよう、目立たないよう、そして、 なるべく挙動不審にならないよう気を付けながら歩を進めていく。 「貴様、桃妃だな。」 「ぅ、え…………。ぃぃえ!」 恐れていた事態発生。 気の強そうな白髪長身のイケメンが、桃李に向かって声を掛けた。バチっ、と目があったから間違いないが、聞き間違えか、彼は"桃李"ではなく、"桃妃"と言った。 「だが、貴様からは仙桃の匂いがする。」 「待ちなさい、義栄。桃妃はまだ、記憶が戻っていない。私たちのことも覚えていない筈だよ。」 「……先ずは、封印を解くべきだ。」 バチッと目が合った白髪長身のイケメンは、 義栄(ぎえい)というらしい。 それを制したのは、真っ黒な黒曜の髪をした男て、名前は耽渊(だんえん)。 「…お前、名は。俺は耽渊(だんえん)。"耽る"に、"淵"と書く。」 「あ…え、と俺は!天塚桃李-あまつか とうり-。えっと、"桃"に中国人の名字とかに使う、"李"で、桃李。あんたら、俺の知りあい?」 桃李は問い掛けた。 すると耽渊の横から青い髪の優しそうな男がずい、と前に出てきた。 その男は、桃李を慈しむような瞳で見つめて言った。 「桃の字が入っているのだろう。それに、苗字は天塚と言ったね?」 「…あぁ、まぁ。あんたは、なんて名前?」 「私は、仁嶺(じんれい)だよ、桃李。"仁義"に、山々の"嶺"と書く。 しかし、まったく困ったな。先程から君はとても美味しそうな匂いがする。」 「ぇ、ちょっ、なんだよ、うわあ…っ!」 仁嶺がツカツカと桃李の前まで迫って来た。 驚いたのも束の間、ぐっと腰を抱え込まれ、 なんと端整な顔が迫り、気が付くと唇を塞がれた。 "なにすんだよ…ッ!" 文句を言おうと口を開いたら、仁嶺の舌が入り込んできて、キツく吸われた。 「んんぅっ!」 "なんだ…こいつ。キスとかあり得ねぇ。" 「これは…。唾液だけでも、素晴らしく美味だ。桃李、すまないが私も餓えている。少しだけ付き合ってもらうよ。」 「な、に?ひ、うあ…ッ。」 言うが早いか、仁嶺は再び桃李の口を塞ぐ。 舌先が上顎を舐めあげ、桃李の舌を捕まえては這い回り、熱く、絡ませていく。 3分か、5分… いや永遠のように長いキスを味わわされていた。 「ふ…ん、んん。もぅ、やめろょ。」 鼻を抜けるような甘い声が、 仁嶺を制止させようと鳴く。 それでも、この男は桃李の咥内を味わい ジクジクとした不安と快感をない交ぜにしたモノを桃李に植え付けていく。 「きもちいいかい、桃李。」 唇を合わせたまま、仁嶺が囁く。 少し掠れた声が吐息と混ざり、明らかな欲情がみえた。 「うん。」 僅か数分で、桃李の抵抗の意思は熔けて流れていった。 あまりに現金ではあるが、この天塚桃李という青年は快楽に極端な程、弱かった。 今まさに、初めて出逢った見ず知らずの男にキスをされ、腰が抜けて支えなしには立つこともできない。 「すまない、桃李。立てるかい?」 「むり、膝ちから入んなぃ。」 「そうか。では、このまま私に掴まっていなさい。少し酷いことをするからね。」 優しい声音で告げられた。 「え。」 すると、仁嶺が桃李の首に軽く歯をたてた。 桃李の本能が、危険だと警鐘を鳴らした。 「なんだよ、やめろって!やめてよ!」 身をよじり、腕を力一杯押しても 先程のキスで桃李の身体は言うことを聞かない。 「なにするんだよ!止めろ、噛むな!いやだ!」 抵抗する桃李に、仁嶺が言う。 「大丈夫だ、痛くはしない。少しきもちいいことをするだけだ。」 「うそだ、!」 「嗚呼...嘘だよ桃李。」 ー直後、ズプンと桃李の肩に歯が沈んだ。ー 「あ、あ…あぁ…。いたい、痛い!」 桃李は驚きと悲しみと怒りとその他の感情をない交ぜにして、瞳から涙を溢れさせた。 しかし、次の瞬間、桃李の身体中から雷が走ったようなビリビリとした快感が駆け抜けた。 「あ…ぅああ、やだあ!」 身体がビクビクと跳ねた。 ゾクリと腰を弾き、首の痛みさえも快感を生んでいく。 そして何より 腹の辺り鳩尾をズズズ、と何かが渦巻いている。 まるで、快感が腹の奥に溜まるような感覚。 「いやだ、なんか腹が…きもちわるい」 それは、射精を無理やり止められたような。 本来、放出するためのものが、 行き場を無くし渦巻いているような。 奇妙な感覚が、桃李を占領し始めた。 「気が溜まったな。」 仁嶺が と桃李の口から、仁嶺の身体のから流れ出ていった。 それを、"気"とでも言うのか、気付けば桃李の心臓は全力疾走でもしたかのように、ぜぇ、と息を切らせ、激しく鼓動していた。 「は、はぁ…ッ。なん、な、んだあんたたちっ!」 「直ぐに思い出すよ、桃李。」 そう言うと、また男は口付けてきた。 「やめ…ろってば、仁嶺!ふざけんなっ」 突き放そうと、男の胸を押すが 再び絡められた舌と、腰をがっしりと掴む手が桃李を閉じ込め、離そうとしない。 "くそっ、こんな。なんで、きもちいぃんだよっ。" 再びぐちゅり、と口付けが始まる。どちらともつかない唾液が段々と口内に溢れる。 混ざり合い、絡んでは舌と咥内を刺激される。 "こんな、きもちいぃの、知らねぇ。" 「きもちいいのかい、桃李?トロトロで可愛い顔だね。もっと、気持ちよくしてあげよう。」 「なっ、ふ…っ、や、めんんん!」 突然、仁嶺の手が桃李の尻を掴んだ。 驚きビクッと身体が跳ねた。 これ以上は、駄目だと、精一杯腕に力を込めて、仁嶺の胸を押す。 しかし、びくともしない。 その間も仁嶺の手が、尻を這い、揉んでは撫で上げる。その拍子に、桃李の下肢が仁嶺の腿に当たり擦れる。 "やば…ぃっ!" 「じ、んれえ。だめだ、ってば…。」 制止する声は、仁嶺が塞ぎ、桃李の瞳が涙で霞んでいく。 とうとう、反応を見せ始めた桃李の前を ぐりぐりと擦られれば、嫌でも熱を持ち、刺激により高まっていく。 "ズボン越しに膝で擦られて、俺…っ、感じてる。" 「やめ、ろ…っ、!」 「イキたいかい、桃李?」 仁嶺の胸に頭を擦り付けて、嫌々、と首を横に振って見せる桃李。 勿論、そんな問い掛けは建前に過ぎない。 端から桃李の意見など求めてはいない。 「でも、私からは離れたいだろう、桃李。」 ぎゅっ、と腰を抱き締められて、 耳に仁嶺の熱い吐息が忍び込む。 そんな刺激にすら、屈してしまいそうな桃李は、 最早、コクコク、と頷くことしか出来ない。 「では、私の唾液を飲んでくれないか。 そうでないと、君はこのまま、私に沢山イカされてどろどろになってしまうよ。他の龍たちも見ているが、いいのかい?」 桃李の耳朶に、歯を立て耳殻を舐め回した。 「ん、ぁあ…いやだっ。」 ビクンッと身体が跳ね、震えた。 「こんなに、震えて。なんて…淫らな姿だ。」 仁嶺が尚も耳元で話し、耳殻に息を吹き込む。 仁嶺の声が、一層熱を含んで、ぞくぞくと桃李の背を這い上がる。 "もぅ…どうしろってんだ、よっ!" 悶え抗う桃李は、ふと見上げた 仁嶺の瞳が綺麗な翠色なのに気付く。 そして、その瞳が桃李の痴態を見つめ、 激しい欲情でギラついている。 「ぃやだ、見んなよ…っ、くそ。」 有り余る羞恥で涙が、ほろと一筋流れた。 しかし、それが地面へおちるころには 桃李は、ギリリと仁嶺の翠色の瞳を睨み上げた。 これ以上の涙を溢して、恥を晒したくない。 「嗚呼。我慢が利かなくなるよ桃李。 そんな表情で男を見てはいけない。 さぁ…口を開けて、唾液を飲みなさい。」 くちゅ…っ、と仁嶺の舌が入ってきた。 受け止めて、咥内を委ねると舌や上顎をぐちゃぐちゃに擦られて、舐め回される。 この仁嶺の口付けは、堪らなく嫌な筈の桃李の、身体と、身体中を流れる血液を沸騰しそうな程に高める。 普段の口付けとはまるで違う。 まるで、愛おしい恋人との初めての、キスのように。 火花が全身をチリっと、駆け巡っていく。 何時しか、睨み上げていた瞳は蕩け、、 桃李の口腔で、ぐちゅりと混ざる唾液は、甘い飴のように桃李の喉元を揺れ痺れさせる。 とうとうコクりと、飲み込んだ。ー 「飲んだね、桃李。」 仁嶺は、てらてらと妖しく光る唇をにやり、と動かす。 「もぅ、いいだろ…、こ、んなの、いっ、たい。…あ、れ?なんか、変だ。」 「桃李?」 「ぁ…あ…!なんだ、なんだよ!これ!あん、た。俺に何をしたんだ!」 「やっと来たか、遊びすぎだ仁嶺。」 「桃李。」 黒髪の男と、赤髪の男が話している。 「大丈夫だ、桃李。落ち着いて、身を任せるんだ。」 仁嶺が、桃李の腰を抱いたまま落ち着かせようとする。 「く…っ、そぉ!」 しかし、唾液を飲み込んだ途端、 桃李の頭に見覚えのない映像が濁流のように流れ込んできた。激しい眩暈を覚えながら、頭を暴れまわる映像は、桃李に何かを訴えてくる。そこには、目の前の四人の男達が映っている。 そして、桃李にそっくりの、淡いピンク色の髪をした美女が一緒に並び、何かの儀式を受けているようだった。 白髪の義栄に、突然キスしてきた仁嶺。 あと、黒髪と、赤い髪の男たちが見えた。 「なんだよ、これ…っ。くそっ、! あたま、痛ぇっ!」 桃李は、あまりの眩暈と頭痛に、地面に膝を着く。途端、ジジッと映像が揺れ、別の映像へと切り替わった。 今度は、男の裸が目前にあって。その下で、誰かの身体がゆさゆさと上下し、口付けられている。 「誰だ、こいつ…っ、」 まるで自分が抱かれているかような映像に、嫌悪感が込み上げてくる。 "ありえねぇ…っ、きもちわるっ。" すると、抱いている男の声が聞こえた。 『桃妃…。起きなさい桃妃。すまないが、もう少し付き合ってくれ。』 『もう、むりで…すっ。いつも、いつも、あなたは執拗です。』 『すまないね、桃妃。しかし、君が愛らしい余り、私はこのような男になるのだ。』 そこまで映像を見て、ドカッと、 何かが遠くの方で落ちる音がした。 慌てるイケメンコスプレイヤー達の声も、聞こえる。 「と、桃李!?」 「兄貴、あんた何しやがったんだ。」 「いや、封印を解こうと唾液を混ぜたんだが…。量が多すぎたかな?」 "あぁ、俺が倒れた音か。" 頭が割れそうな頭痛に、もうどっちが空だか地面だか判らない程の眩暈は、ひどい吐き気をもよそし、 遠のく意識の渦の中で桃李は、他人事のように、へらっと精一杯皮肉に笑って見せた。 イケメン達はまだ慌てているようだ。 「良い気味だ、バカヤ、ろ…。」 桃李は意識を失った。 「桃李!!!!」

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