1 / 44

第1話

「眠れないのか、桃李。」 「…じいちゃん。」 「なんだ、桃李。台風が怖いのか。」 がはは、と豪快に笑う祖父に桃李は少しむくれる。 「だって、ボロい神社がギシギシ言ってるじゃん。」 その言いぐさに不意を突かれたようで、 祖父は"おや?"という表情をした。 「おぉ、確かになぁ!ギシギシ言うとるな。」 「今頃、気づいたのかよ。」 「いやいや、確かにこの神社はボロい。さっきも、廊下で雨漏りがあってなぁ。」 面白そうに笑う祖父に、やはり桃李はむくれてみる。 「なんだ、面白いじゃろ?」 「全然。やっぱりボロいじゃん。」 こればかりは、仕方ないと祖父は首を捻り うなり始めた。 「そうだ、桃李。ひとつ昔話をしてやろう。」 「じいちゃんが?絶対、面白くない。」 「こらこら、まだ話してもおらんのに。」 祖母はよく昔話をしてくれるが、それを祖父がするというのか。正直、面白くなさそうだと 桃李はまた、むくれて見せた。 「正直者だのぉ。まぁまぁ、面白くないかは、聞いてから決めると良い。」 祖父は、桃李に目を瞑るように言って 昔話を聞かせ始めた。 ◯◯◯◯◯◯ 桃には、古くから邪しきものを払い、 その実を食せば、 不老不死の効果があると言われている。 それには、ある神話が関係している。 遥か昔。人間をお創りになり、慈しみお育てくださっていた神々と全ての命の長、天帝が お治めになっていた我ら地上の者らを、お守り戴く為、とある神獣を遣わせられた。 東西南北あらゆる地を、あらゆる生き物を守る為、天帝は、四匹のとても尊き龍たちをこの地に卸された。 四龍は、天帝の傍を離れる時。 果て無き忠誠の証として龍にとって唯一無二の宝"宝珠"を、献上した。 しかし、四龍にとって神々の地ではない 地上の空気は、やがて、彼らの心身を蝕み毒となり汚し始めた。 地上を守る為、天より卸された四龍の気が乱れれば、天帝の愛された地も乱れて行く。 その様を拝見された天帝は、 一つの特別な桃を、お創りになられた。 その名を仙桃-せんとう-と言う。 生きとし生けるものを慈しまれる天帝は、 毒に苦しむ四龍にも、その愛をお与えになった。 仙桃は、直ぐに四龍の気を正し、整えた。 荒れた地も、生き物も それから暫くして平静を取り戻した。 それから再び、遥か幾千年を経て。 四龍はある時、彼らの父であり母である天帝より、褒美を賜った。 それは、"桃妃"と言い、 人の形をした"仙桃"であった。 天帝は、"桃妃"を指して仰った。 『此を四龍の唯一の妻とし、未来永劫の愛を。』 天帝は、四龍の気を正し整える仙桃を、 人の形でお造りになったのであった。 そして、この"桃妃"は 嘗て天帝へ献上した四龍唯一の宝"宝珠"を本に創られていた。 四龍は、思いもよらない褒美に 天帝へ篤く感謝した。 それから四龍は、 賜り、戻った我らが"宝珠"である"桃妃"に 天帝への忠誠を誓いあった。 この後、地上を守る四龍の妻となった桃妃は、 四龍をどれも、こよなく愛し、 四龍もそれぞれに愛し慈しんだという。 その後、天帝の謀か、四龍の治める地上は今までになく穏やかに、健やかに繁栄を続けることなった。 この事から、四龍の唯一の宝であり、妻であり、穢れを正し、整える"桃妃"。 彼の存在は、 地上の"桃"と相成り、邪しきものを払いとされた。 そして、天帝により創られたことから、 不老不死の効果があると言われるようになったのだ。 「めでたし、めでたし。」 話終えて横を向いた桃李の祖父。 そこには、すやすやとあどけない顔で眠る孫の姿があった。 「普段はむくれておっても、眠っている姿だけは、子供だなぁ。」 クックッと、声無く笑って彼は静かに、 部屋をあとにした。

ともだちにシェアしよう!