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第6話
「懐かしいな、仁嶺様。」
「あぁ、あの時の宴の酒は本当に旨かった。」
「ここだけの話、
あの時は天帝も呆れておられましたよ。」
祖父が話し、仁嶺が答える。
それから祖母が話に加わった。
天塚桃李は、
自分の苗字の意味を知った所だが
今、何か引っ掛かることを言っていたような気がする。
「じーちゃん、今何て言った?」
「おぉ?"懐かしいな"と言ったかの?」
………なんで。
「今の、話は。むかしむかしの昔話だろ?
それが懐かしいって可笑しいだろ。」
「ああ。そんなことか。」
「いやいや、"そんなことか"じゃねーし!
大体、仁嶺はもしかしなくても、その四龍のひとりってことだろ!なんでそんな昔話に出てくる人が、じーちゃんと"懐かしいっ"とか言っちゃってンだよ!」
新たな疑問に首を傾げては、
ギャンギャン噛みつく桃李を、
本当に賢い子だなぁ、と
祖母は穏やかに微笑みながら思っていた。
ー男の子は元気が一番ねぇ。ー
「桃李、私とおじーちゃんはねぇ。
不思議な事が起きるのよ。」
「天帝に約束したからだろうなぁ。」
「そうねぇ。あなたを護って育てると約束したのよ、私たち。」
ふふっ、と祖母は微笑んでいる。
とても、嬉しそうだ。
「それに、"仙桃妃"は千年に一度。
永い眠りに就くのよ、桃李。
そうして目覚めたときは、また赤ん坊になって生まれてくるの。」
「俺が?」
「そうじゃ。」
「どこから?」
「天上から、四龍が種に戻ったお前を送り届けてくださる。
それからこの神社の奥の社で眠り、おぎゃあ、と泣いて目を覚ます。そうすると、再びわしらの出番じゃなぁ。」
"はぁ、そうですか。"と俄には信じられないが、
ここまで来て、嘘でしたと言うわけには行かない。
何より、祖父母の表情が
疑う余地さえ無く、語って聞かせた全てが事実だと告げている。
だが、そうなると
桃李の亡くなった父と母はどうなるのだ。
「それは……なぁ、 桃李や。」
「起業秘密ですよ桃李。その内わかりますよ。」
「はい???」
目がテンに成る思いを、一日で何度味わえば良いのか。
桃李はほとほと、疲れ果ててきた。
「すまんがのぉ、桃李。
これだけは、わしは、口が裂けても言えん。」
「でもねぇ、桃李。
あなたのお父さんとお母さんは、
本当にあなたを愛していたのよ。信じてね、桃李。」
何だか、鼻の奥がツンとしてきた桃李。
胸も熱いし、目も霞んでる。何故かなんて分かってる。
今更、何を信じるべきか分からなくなってきたが
全てが、真実なのだと、心の奥で
自ずと理解した自分もいて。
自分は、二十歳も過ぎ三年過ぎたが、
心から愛されていたということを知った。
「そういうことだ、桃李。」
「……なにが?」
「お前の嫁ぎ先だ、馬鹿たれ。」
「……まだ、言うか。たぬきジジイ。」
「世の常だ。大事な一人息子も同然のお前を、嫁に出すまでが、親代わりとしての御役目だからのぉ。」
桃李はハッとした。
これは、"責務"なのだ。
祖父母が果てし無い年月の中で、
築き上げ、育んできたものは
全て桃李の為であり、四龍の為であり、
天帝とやらの為であり、
地上の命の為であり、
これをやり遂げることこそが、
桃李にとっては、祖父母や両親の為である。
行く行かないの問題では無いのだ。
「……つ、るん、だ」
桃李は、ボソッと呟くように言う。
「なんじゃ、聞こえんかったわ」
「桃李?どうしたの?」
桃李の様子が可笑しいことに祖母が気づく。
しかし、ここでへばる訳には行かない。
「い、何時!やるんだよ!!!」
「はて、なにをだ?」
今度こそは、祖父が首を傾げる番だった。
「俺を嫁に、やるんだろ!何時だよ!学校とか、友康にも言わなきゃなんねーだろ、引っ越すとかなんとかよ!」
自分は男で、況してや、"嫁に行く"なんて
親友に宣言するのは極めてこっ恥ずかしい事、
極まりなかったが、
これが思いがけずして、
天塚桃李が、初めて祖父を負かした瞬間だった。
「まぁ!まぁ、桃李!今度の、晴れの吉日にしましょう!
ね、おじーさん!仁嶺様も、他の龍様にもお伝えくださいませ。」
「あぁ、知らせよう。麒麟にも伝えるか?」
「いえ、あの方には。本人が直接伝えるはずですから。」
「そうだな。では、私は戻るよ。嫗(おうな)
身体を労れよ。」
祖母は嫗と呼ばれ、ハッとしたが
それが聞こえたのは彼女だけのようであった。
「有り難き御言葉。頂戴致しました。青龍様。」
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