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第7話
祖父母に、嫁に行けと言われ
神がかった自分の出生を知った桃李は、
大学に退学願いを出してきた。
友人たちには、
「祖父母の神社を継ぐのに、修行してくる」と言うことで落ち着いた。
まぁ、ちょっとだけ嘘をついた。
だが、唯一無二の親友で幼馴染でもある
道雷友康(みちなり ともやす)にはまだなにも話していない。
桃李に劣らず端整な顔立ちで、ミステリアスな雰囲気を纏い、女子からはかなりモテる。
小さい頃からずっと一緒で、
唯一無二の幼馴染だ。
冗談も言いあったし、殴りあいの喧嘩をした。
ひとりの女の子を巡り、どっちが付き合うのか、奪い合いをしたこともある。
そんな親友にまで、
「神社の修行」などと嘘が吐けるほど薄情な訳もなく。
"今日こそ言わないとな。"
嫁に行けと言われた日から、
約束した「次の晴れの吉日」は明日だ。
昨日はあちこちを動き回って、
挨拶を済ませてきたし、
今日は、大学に退学願いを出し、
バイト先には、無理を行って辞めさせてもらった。
今月のバイト代も、急なのに、その場で手渡してくれた。
「お世話になりました!
店長、あんま働きすぎるとハゲが進みますよっ、!」
ナポリタンが旨い、小さな飲食店の裏口で
バカヤローと、涙ぐんだ店長が
背中を激しく叩いて送り出してくれた。
"有難いなぁ。
もう一回、ナポリタン食いたかったけど、
どうか、店長のハゲが進みませんように。"
そう心の中で誰とも知れず拝んだのが昨日。
そして、今日。
桃李は町をぶらつくことにした。
もう二度と目にすることは出来ない
生まれ育った地を、目に焼き付けていたかった。
まさか自分が花から生まれて、
四匹の龍の嫁になって、
千年経てば、また赤ん坊になる、とは。
「全く妙な話だな。」
明日には、結婚して
また地上に戻るとすれば、それは千年も後だそうだ。
昨日、退学願いを出して、
バイトも辞めて、実感が少しだけ湧いた。
今日はもう、簡単な挨拶回りをすれば良かった。
「ん?」
ふと、通りに目をやると古めかしい骨董屋が目についた。
普段は通りすぎるところだが、
今日を逃せば、桃李がもう町を歩くことはない。
明後日にはもう、
地上にすら居ないのだから。
最後に親孝行しよう。
桃李は、初めてそう思った。
いざ、覚悟を決めて骨董屋へ近付いてみる。
薄暗く見える店内だが、
ドアには「営業中」の札が下がっていた。
「すみませーん。」
一応、声を掛けながら入る。
「あーーーーい!!!」
店の奥から強面の図体逞しい男性が現れた。
どうやら、奥は自宅になっているらしい。
「こりゃ、また若いお客さんだなぁ。
何か探してるのか坊主。」
「あはは、すみません。」
今入ってきた入口には、
ビール会社のもう古く色褪せたポスターが貼ってあった。
「実は、育ててくれた祖父母に親孝行しようと思ったんですけど、何が良いのか。」
「ほーーー偉いなぁ坊主!」
「俺、嫁ぐことになったんです。
家をでなきゃいけなくて。それで、って、なに言ってるんだか、俺!あ、の、すみません。」
ペラペラと、何を口走っているのか。
桃李は、いつのまにか、見ず知らずのおじさんに身の上話を始めていた。
「あぁ、良いんだよ!
俺ん所に来るやつはみーーんな勝手にお喋りしちまうのさ!
喋って、すっきりして、なんか買っていってくれりゃ俺はそれで構わねぇよ!」
おじさんのくせに豪快な笑い声が、祖父と似ていた。
「ありがとうございます。あ...何か、すっきりしてきました。本当に、変なの。」
桃李もつられて、笑いが込み上げてきた。
「お前さん、じーさんは何が好きなんだい。
親孝行するんだろぉ?」
「はい!骨董品が好きで、このお店に来てみたんです。今使ってる、薄いピンクの湯呑みがもう欠けてるとこもあって。
給料でたから、何か無いかなって。」
そこまで話して、
骨董屋のお爺さんは、途端に静かになった。
「あの?」
何か不味いことでも、口走っただろうか。
桃李は、恐る恐る訊ねてみると
お爺さんが口を開いた。
「あんた、天塚神社の子か?」
ギクリ。
何故か、身体が緊張した。
「そうですが、参拝によく来られるんですか。」
「いいや。だが、あんたのことはよく知ってる。
もしかして、あんた。"上"に帰るのかい?」
「な、なんのことですか。」
おじさんの言う"上"とは、明らかに意味深だった。
それに、祖父母以外の人間が桃李の事を知っているなんて話は、聞いていない。
ー何なんだ!ー
戸惑いパニックになってきた。
しかし、次の瞬間桃李の不安は、掻き消された。
「おいおい、心配するな。俺も、"仙桃妃様"の護り手だ。」
「……へ、?」
「俺だけじゃねぇ、他にも何人か居るぞ。
この町は初めの頃は、小さい村だったんだ。神さんのご機嫌伺いが上手で、よく声が聞こえるやつばっかり居たもんでよお。」
「ほんとう、に、?」
「おうよ!もう大分、"聞こえるやつ"も少なくなっちまったがなぁ。」
「よ、かった……っ、」
桃李の不安は、漸く打ち消された。
そして、ひとつ希望が見えた。
「あの、おじさん!」
「なんだ急に?」
「俺!ここで俺が買える一番高いの買っていくから、お願いがあるんだ!」
なんだ、と驚いていた店主だったが、
桃李の"お願い"を聞くと快く受け入れてくれた。
「よし!坊主何て言って悪かったなぁ!
お前さん立派な男だよ。
そんで...これがうちで一番高い品物だ。
どうだ、払えるのか兄ちゃん?」
ニヤニヤ笑う店主は、
人の懐事情も知っているのか。
このお爺さんが持ってきた品は
丁度、さっき貰ったばかりの桃李のお給料を全部かっさらって行った。
「お前さんの"願い"確かに、受け取ったぞ。」
そう言うと店主は、ガッシリ桃李の右手を握った。
すると、何かを呟き始めた。
聞き取れないが、一頻り呟くと店主がこちらに視線を向けた。
「我々、天使の眠りし天塚神社(あまつかのかむやしろ)より天上に還りし我らが守護龍が宝珠、仙桃妃様。」
桃李は、ハッとした。
ふわりと、店主の声に合わせて
淡く赤い光が桃李の周りを舞い始めたのだ。
店主に右手を開くように促される。
仰向けて見せると、そこにふわふわと光が集まってきた。
「我々はあなたと、四龍に誓った。護り育てていくと。そのあなたが再び、旅立とうとしている。どうか、穢れ多き地上から四龍を御守りください。
我々も、総意を尽くして地上を護る。
それを、あなたに誓おう。
仙桃妃様に幸あらんこと末長く御祈り申す。」
店主の力強い声は、今舞う光のように
温かく、優しい。
「これは?」
仰向けたその手に、
光が集まり何かを置いていった。
「桃の簪だ、仙桃妃様。
あんたのばーさんは、桃の花好きでな。
じーさんの方は、薄い桃色が好きなんだ。」
「え。」
「あんたは覚えちゃいないだろうが、
前に天上へ還るときも、
こうしてうちで湯呑みを買っていってくれたんだ。
じーさんへの土産だ、って。
そんで、ばーさんにはそれをやんな。」
そう言って、手の中の簪を顎で示す。
綺麗な硝子細工で、桃の花があしらってあった。
「そうですか。」
「ああ。それに、このご時世。あんたの給料じゃその湯呑みしか買えねぇ。だから、今回はおまけだ。」
「ありがとう、ございます……っ、!」
「ぁーあー、頼むから泣くのは勘弁してくれ。こちとらあの神社にゃ世話になってるんだ。」
店主の温かすぎる言葉が、
じわりと、桃李の心に染みる。
「それに、大変なのは俺たちじゃねぇ。
一番しんどいのは、あんただ姫様。
こっちに思い出も、友達も居るって言うのに。
」
「ふ……っ、うッ。ひっ、ぅ。」
"すまねぇなぁ。"
店主はそう、桃李に言う。
言いながら、涙を抑えきれずにいる桃李の頭をわしわしと、撫でた。
「あの夫婦が、一番力が強ぇ。何より、天帝が直接あの夫婦を選んだんだ。
だから、俺らみてぇな少しばかりしか力がないやつはさ。
お前さんが石ころに躓かないように、とか
ジュース代の10円玉が転がっていかねぇように、とか
迷子にならねぇようにとか、
そんくらいしかしてやれねぇんだわ。」
「そんな、の…ッ、知りませんっ、でしたっ。」
思えば、小学生の頃、友達と側溝の上を歩いて渡ったことがある。
右はドロドロの田んぼで、左は川の水が流れる側溝。
"俺だけ、落ちなかった。"
それから、自動販売機でオレンジジュースを買おうと
祖母に貰った小銭を握りしめて行った時も。
自動販売機の下に小銭が転がって行ったのに、
何故か、転がってそのまま戻ってきたことがあった。
一つ気が付けばもう、次々と思い出される。
涙も声も溢れて止まらなかった。
桃李は桃李が生まれる前から、ずっと。
両親だけでなく、祖父母に、町の人に、
果ては神をも凌ぐ天帝にも。
愛し、育まれ、護られてきた事を知った。
両親が亡くなった時、桃李はまだ幼かったが。
そういえば、沢山の人が桃李を励ましてくれた事を、思い出した。
顔も知らない、どこの誰かも分からなかったが
幼い桃李はそれにとても安堵した。
「なぁ姫様。
付かぬ事を聞くがあんた、彼女は居るかい?」
「ぐす……っ、いませ、んっけど。」
自分が生まれた意味、
生きる意味それらを肌で感じた桃李。
涙が溢れ、感極まっている感動的な心中の最中。
店主が妙な、話を切り込んできた。
「なんで、ですか…っ?」
「いやぁなんだ、その、なぁ。
男に生まれたからにゃ、せめて!
童貞卒業してから還してやりてぇなー、と思ってよお!」
"……は?あ、ビックリして涙引っ込んだわ。"
「ぁあ?もしかして聞いてねぇのか、姫様。」
「な、なにがですか。」
「あーーあれだ、その、お役目無事に果たせるといいなぁ!」
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