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第8話
骨董屋というのは、普段から来る人なんて限られてるし
変わり者が来れば、そういう趣味の人だと分かる。
だが、今日来たのは年若い青年だった。
その青年からは、懐かしさを感じた。
まるで、高校生の頃の息子を思い出させた。
見えないものが見えたり、
聞こえないものが聞こえたりする家系で、
息子もその血を継いでいた。
身を守る術や、祓う術を教え、浄めの術を熟知した頃には、息子は彼女を連れてきた。
おっとりしたかと思えば、気丈で負けん気の強い娘だった。
うちの息子は涙脆く、
男のくせにすぐ泣いていたが
案外、こいつらはいい夫婦になると思った。
暫くして、"この村"である決定が下された。
一般には天塚神社と呼ばれ、
何故だか辿り着くのが困難な神社として巷では有名なこの村で、神社から
俺の息子夫婦が一人の赤子を預かることになった。
村の連中で、この事を知らない奴はいない。
「父さん!仙桃妃様が、笑ってるぞ。」
「義父さん、桃李が寝返りしましたよ!」
「じーさん、じーさん、桃李がそっちに歩いていきますよ。」
俺らにとっては、神に等しい子でありながら、
ただ唯一に愛おしい我が子だった。
機嫌良く笑い、這って、立って、歩いて
それこそが全て愛おしく、全てが幸せだった。
ただ、たった一度だけアイツらは不運だった。
幼い桃李を俺らに預けて、急遽、仕事へ出掛けた。
おっとりして見えて、
気丈で負けん気の強い嫁は
老人ホームで介護士をしていた。
泣き虫な俺の息子は、会社員で営業をしていた。
思い遣りがあるそうで、成績は先ず先ずだそうだったが。
嫁の美智子さんが、担当する人がある夜
亡くなられたそうで、急いでその葬儀へ行く途中だった。
息子の浩介と、息子の嫁の美智子さんが交通事故で亡くなったのは。
相手が飲酒運手をしていた。
結局、相手も無事では居られなかったが
今も多分生きている。
俺は、身に余るほどの憎悪を練り上げ
飲酒運転をした馬鹿野郎にぶつけようとした。
本来、穢れを祓う為の力でも、人にも使えた。
それは、許されざる禁忌だ。
当然、知らないわけじゃなかった。
だが、抑えようのないモノが込み上げてくる。
ドス黒く、炭よりも暗い、マグマのように滾る復讐心が。
俺の息子を、俺の息子の嫁を、
俺の女房を、俺の孫を悲しませた罪は計り知れない。
悔しくて、悔しくて手に握るなにかを握り潰した。
ハッとして、開いてみると
それは3つになった桃李が描いた"家族"の絵だった。
「...ばーさん、桃李を神社に返そう。」
女房が、隣で背中を静かにさすってくれたのを覚えてる。
あいつもボロボロ泣いてたくせに、
俺が決めたことに嫌だとは言わなかった。
穢れは、人の心から生まれる。
それを、俺たちは知っていた。
可愛い子が、神の子が穢れに触れるのは良くない。
◯◯◯◯◯
カラン、と店のドアが閉まった。
「あの子は、どうしてか。泣き虫に育っちまったなぁ。」
まるで、息子の浩介みたいだ。
「意志の強さは、美智子さん似ですね。」
店の奥から、俺の女房が言う。
「見てたのか、お前。」
「見てましたよ。
私も最後に一目会いたかったものですから。」
もう、彼に会うことはない。
千年ごとに生まれ変わる仙桃妃は、
その度に一つとして同じ人ではなかったし、
今度の仙桃妃は、男の子だった。
「立派になりましたね、あなた。」
「あぁ、流石あいつらの子だ。」
「また、約束してしまいましたね。」
「あぁ、あの子が旅立ったら、また伝えに行くさ。」
俺は、また仙桃妃と約束をした。
高い湯のみの代わりに、たった一つ頼まれてやるのだ。
先代がそうしたように、俺も。
「一緒に来てくれねぇか、お前。」
「えぇ、勿論。」
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