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第9話
道雷友康(みちなり ともやす)という男は
小さい頃からずっと一緒で、
唯一無二の幼馴染だ。
冗談も言えるし、
殴り合いの喧嘩をした事もある。
そんな親友にまで、
「神社の修行」などと嘘が吐ける訳もなく
むしろ、そんな嘘が通じるとも思ってはいない。
"だからこそ、言わないとな。"
今日、骨董屋で死ぬ程泣いて、
誰とも知らない人なのに、
桃李は馬鹿みたいに愛されている事を教えられた。
だから、分かってる。
その為に払う代償が、
例えどんなに計り知れなくても。
「言うしかねーんだよなぁ。」
期限は今日。明日はもうこの地上には居ない。
桃李は意を決し、
たった一人の親友に電話をかけた。
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「流石に蒸し暑いな。」
「当たり前だろ、初夏ってのは、
もうほぼ夏なんだ。
それに、
そろそろ梅雨入りするって話もある。」
桃李が話し、友康が返す。
そんな関係が今夜で終わる。
「桃李、神社の修行に行くんだってな。」
切り出したのは、友康の方だった。
それから、並んで座っていた
天塚神社の裏にあるベンチがギ、シリ、と鳴った。
気付けば、友康は立ち上がり
それから、脳天に拳骨が落ちる鈍く嫌な音がした。
「あぁ、お前にも言わ...っぐ、ぅ!くそ痛ってェなッ!」
桃李の頭に振り下ろされた拳骨は
さながら、雷に打たれた様な衝撃で
凄まじい目眩を伴って桃李を混乱させた。
「...これで、チャラにしてあげるよ。
僕に隠し事をして、
あまつさえ1番最後に回すなんて愚行は
拳骨一発じゃ済まない所だよ。
待つ方の身にもなれよ。
本来なら、僕が真っ先に知りたかった。」
「あぁ...わかってる。悪かったな、友康。」
またギジリとベンチが鳴り、友康が腰掛ける。
「いいさ。僕とお前の仲だ。
だから、ちゃんと全部話せよ桃李。」
「...フツー拳骨で殴るかよ。
お前、体育会系じゃねぇくせに。」
「痛かったさ。
でも、昔ここでお前と殴り合いしたのを思い出したよ。」
勿論、桃李も覚えていた。
但し成人済みの男の拳ではなく、
幼く無邪気な保育園生の頃の話だが。
「あぁ...話すよ。」
桃李は、洗いざらい話して聞かせた。
自分が神社に伝わる昔話のお姫様だという事、
元は龍の持つ宝珠だという事、
課せられた役目の事、
見守ってくれた人達のこと、
それから、明日ここを発つことも全て話した。
「もう決めたのか。」
「あぁ、決めた。」
「そうか。」
長い付き合いでも驚く程に、
懐の広さを見せ付けた親友は
次の瞬間、桃李の視線を強張らせた。
「は...?」
「僕も、黙ってた事があるんだ桃李。」
ざあっと木々が騒めき、突風が吹き荒び始めた。
「お、お前っ、なんだよソレ!?」
あり得ないなんて事は、あり得ない。
そう誰かが言ったのを桃李は思い出した。
目の前に広がるこの光景こそが、
正しくあり得ないことだった。
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それは、骨董屋のおじさんが見せてくれたものと似ていた。
「我々、天使の眠りし天塚神社(あまつかのかむやしろ)より天上に還りし我らが守護龍が宝珠、仙桃妃様。」
彼がそう歌う様に唱えると、
ふわりと、店主の声に合わせて
淡く赤い光が桃李の周りを舞い始めたのだ。
それと同じ光景が、また眼前に繰り出された。
1日で、二度も見るなんて、もう"あり得ない"どころでは無い。
「我ら四霊(しれい)が護りし天帝の愛し子、
そして我等(ぼくら)の朋。」
ふらふらと今度は蛍の様な淡い黄色の光が漂い始める。
無数に現れた光は、
その一つ一つが意思を持っているように、
桃李に触れたり、跳ねたりする。
友康が無言で、桃李の右手を掴み手を開かせた。
されるがままに手を開き、
今度は友康の左手が重なり合う。
ドクドクと迅る鼓動を、
抑え込みながら桃李は次に起こる出来事に夢中になった。
友康が薄く唇を開き、言葉を紡ぐ。
それは、桃李もよく知った言葉だった。
「バルス。」
「バル......す、?」
「バルス。」
「と、もやす」
「なんだよ桃李、有名な滅びの呪文を知らないのか?
すこぶる時代遅れな奴だな、お前それで大丈夫なのか。」
ハッと気が付けば、木々の揺れは収まり、風も止んでいる。
残されたのは、
弄ばれた天塚桃李と謎の親友・道雷友康。
「じ、冗談はよせよ、友康、」
「冗談じゃ無い!
バルスなんて滅びの呪文の代表だろ。
僕だって知ってるんだ。」
「そうじゃねーよ!お前一体どこの何者なんだよっ、
そのふわふわする光の玉は普通じゃねぇだろ!俺を舐めんなよ、骨董屋で一回見たんだからなぁ!」
「馬鹿桃李!親友の心遣いが分からないのか、僕は君がさぞショックだろうと思って、こうして"気"を散らして、滅びの呪文まで言ってやったっていうのにさ!」
類は友を呼ぶ。
これは、国語辞典に載っている。
ぎゃあぎゃあと騒ぎまくる二人の姿は、
どこからどう見ても、長年の親友であり、理解者であり、家族だった。
「麒麟って知ってるかい、桃李?」
「分からねぇな、俺は断然サントリー派だからなぁ。」
「バカ言うな、麒麟が最高に決まってる。
あの麦の味がいいんだよ。」
こうして、20年以上も馬鹿話をしてきた。
本当に話したい事も、本当は分かっている。
ビールの話がしたい訳じゃ無い。
「ラベルに描いてある絵さ、あれ僕がモチーフなんだ。」
「あぁ、そうかよ。
滅びの呪文より、よっぽど真実味があるぜ。」
「桃李が、天界に還るまでは誰にも秘密にする約束だったんだよ。」
そうかよ、とまた桃李は相槌を打つ。
「四霊が何か、誰かに聞いたかい?」
「いんや、何も。」
今度は友康が、そうかと返す。
「天帝の直属の部下は、
君の旦那様になる"龍"の他に3つあるんだ。
それが、"麒麟"、"鳳凰"、"霊亀"で、
僕がその"麒麟"。」
「自分で自分の名前が付いたビール飲むのか。
有り難いのか、自画自賛なのか分かんねーな。」
「驚かないのかい?」
桃李は、うーんと唸って答えた。
「...正直言うと、バルスの方が結構マジでビビった。」
これにはもう、天下の麒麟様も笑うしか無い。
本物よりも、アニメの呪文の方が肝が冷えた、なんて笑う以外にあり得ない。
「くっ、く...あはははっ!」
二人は、腹がよじれるまで笑った。
それから、また二人で手を重ね
「バルス」と友康に唱えさせては、桃李が笑い転げ回り
友康も何をやっているのかとバカバカしくも、可笑しくも楽しくあった。
「僕は、君に付いて行くよ桃李。」
「本当か!」
「勿論さ、君を地上で護るのが僕の仰せつかった役目だったけど、
本来は、君と一緒に天界で遣えるのが仕事だからね。
僕も行くよ。」
「良かった、良かったマジで。」
何処とも知らない、世界でも
唯一無二の親友が居て、変な神話の生き物が居て、
誰も彼もが、たった一人を愛してる。
友愛も、親愛も、情愛も、敬愛も、そこにはある。
きっと、ほんの少しだけ
友康が居てくれれば寂しく無い。
"今が、薄暗くて良かった。"
知られたく無い涙が、つぅと一筋流れて溢れ落ちた。
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天塚神社の神殿で、只人には見えない者達が集まっていた。
「やっと、桃妃が手に入る。」
「そうだね、騰礼。けれど、皆で平等に愛するべきなんだよ。」
そこには、伝説の四龍が集まっていた。
掻き上げた赤髪は、瞳と同じく燃え盛る炎の色をしている。
鋭い目つきで、苛立ちが抑えきれない様子の男が、騰礼(とうれい)。
それに答えて話しているのが、海のような、木々のような翠を湛えた仁嶺(じんれい)
それぞれ、集まるでも向かい合うでもなく座り
ただ、時を過ごしていた。
「...仁嶺は抜け駆けした。」
ボソ、と自信なく細い小声で呟いたのは
黒髪、黒い瞳の四龍がひとり。名前を耽淵(だんえん)だった。
それを聞いてうんうんと首を縦に振っているのが
銀髪の美しく、月の光でより一層輝いている義栄(ぎえい)。
「平等というなら、兄上。貴方は今回1番最後の巡りが妥当です。」
「お前は、理屈っぽいよ義栄。私達は今、枯渇している。
千年の時を終え、次の桃妃が高天原に来るまで20年。
私達は、天帝から戴いた仙桃だけで食いつないできた。」
ーそろそろ、極上のディナーが欲しい頃だろう?
どこからともなく、ゴクリと喉を鳴らす音がした。
四龍が地に降り立ち、
自らの宝である桃李を迎えに行ったあの日。
仁嶺が、気を満たし誘発させた、あの仙桃妃の力は
かつて、四龍たちの乾いた心と気を整えたもの。
無理にでも迸らせた桃李の甘美なまでの桃の匂いと、
清浄な気は、四龍たちを熱く滾らせた。
その身を撫で、舌で味わい、熱い身体を重ね、
彼の身を執拗に求めて独占したい。
それは、桃妃が龍にとって、
唯一無二の宝である宝珠から創られたからなのか、
彼の芳醇な気がそうさせるのか。
ともかく、四龍にとって、求めずにはいられないたった一つのものが
天塚桃李、彼ひとりなのだ。
「はぁ...っ、早く桃李の熱を味わいたいものだ。」
漏れた吐息は、自ずと熱く
四龍は、明日の出立の儀式を只、
息を潜めながら待つのだった。
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