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第10話

今日、天塚神社では 桃李の出立の準備が行われていた。 開始まで、あと1時間程。 「ふ...っ、ん、んぅ。」 桃李は、控え室で深い口付けにあっていた。 真っ白の艶のある肌襦袢は、二の腕まではだけ 露わになった胸元には 真っ白なレース仕立ての和装ブラジャーが曝け出されていた。 「さっさとアレを着て、俺の物になれ。」 「イヤ、だ...だれが白無垢なんか、着るか、んむ...ふ、」 「なかなか強情だな、桃李。 だが、お前がこれを着るというまで、俺はお前の唇を離さない。」 波打つ長い銀髪と、 意志が強く少し吊り上がった銀の瞳、 そして、今は熱く濡れた唇で桃李を責め立てている。 「なんで、俺が...っ、んむ、白無垢で出るんだよっ、!」 「意外とバカなのか、桃李。 そんな事、"お前が俺たちに嫁ぐ日"だからに決まってる。」 「イヤだっ、俺も袴で出...、る!」 「あんまり騒ぐと、ここで抱くぞ。」 「ひ...、う!」 義栄の堅く、からかうような声がゾクン、と耳から駆け上がり 桃李の背中を泡立たせた。 「....俺の声で感じた、か?」 「うるっ、さい!」 「俺は、ここで今からお前を抱いてもいいんだぞ。 勿論、立てるだけの体力は残しておいてやる。 そうすれば、 お前も四の五の言わなくなるだろうし、アイツも仕事が捗る。」 "良い案だろ、桃李?" また、桃李の鼓膜に甘い声を吹き込んだ。 「ぁ、あ...やだ、耳舐めんな...っ、」 アイツと呼ばれたのは、 さっきまで桃李に白無垢を着せようとしていた 親友で神獣の道雷 友康だろう。 義栄が口付けを始めたあたりから 隣の部屋へ音も無く消えていった。 「俺たちは、飢えてる。 お前が居なかった20年で、 お前の肌の味を何度も思い返していた。 こうして、抜け駆けして摘み食いに来る程な。」 「義栄...」 「お前は、俺たちの至宝だ。 俺たちの血肉で、心だ。 仙桃で気は浄化されても、 俺たちの血肉は滾らず 俺たちの心が満たされる事はない。」 義栄の逞しい腕が、 背後からするり、と回された。 肩と、腹にしっかりと絡んだ腕は 不意にぎゅっ、と締まった。 「義栄...、」 不意に、 抱きしめられているのだと気が付いた。 縋るようでなく、それは、抱擁だった。 捉えた腕の中に、桃李が居ることを この男は全身で確かめている。 二メートルはある義栄の長身に、 決して身長が低い訳ではない桃李だが、その身は腕の中にすっぽりと収まってしまった。 "これじゃ、俺が悪いみたいじゃねーか。" 「白無垢は、女が着るもんだ。 男の俺が着て、似合う訳ねーだろ...」 腕の中に愛おしげに閉じ込められて、 少しだけ、桃李は本音を零してみせた。 せめて、最後くらいは大切な祖父母に格好良い姿を見せてやりたいのだ。 「無様な姿は見せたくないんだ。」 「その為のアイツだ。」 「え?」 「アイツに任せろよ。 前だって完璧にお前を着飾ってたのは アイツだ。 男だから、なんて 細かい事は気にするだけ無駄だ。」 桃李は、くるりと後ろを振り返り 義栄の銀の瞳と、目を合わせる。 「友康には無理だ。 アイツすげー不器用なんだぞ?」 そう、間違いない。 友康はリボン結びだって怪しい。 "アイツの靴は、いつも縦結びだった筈!" 「なんだ、知らないのか? おい、麟(りん)!お前まだ話してなかったのか?」 義栄は、隣の部屋で待つ友康に声をかけた。 すると、静かに襖が開き 申し訳無さそうな表情で部屋へ入って来た。 「言うタイミングが無くてね。」 そう言いながら、現れた友康だが 桃李は1つ気にくわない事があった。 「聞いてたのかよ。」 「しょうがないだろ、 僕はコレをお前に着せなきゃいけないんだ。 それをお前が、 グチグチ言って駄々をこねるから こうして、旦那さんに来てもらったんじゃないか。」 "だから、リップ音や喘ぎ声が聞かれて 恥ずかしいというなら、残念だが自業自得って事か。" 「くそ友康。」 「僕は悪くない。」 親友の毒をさらりと、躱す友康。 桃李の祖父母を除けば、彼が一番付き合いが長いのだ。 その友康には、更に秘密があるようだった。 キリンビールが好きな本物の麒麟、の秘密。 それに、義栄は友康の事を"りん"と呼んだ。 「お前、何を隠してるんだ友康。」 「それを今から説明する。 どうせ、白無垢を着せるときに話すつもりだったんだよ。 不器用な僕では、着せられないからね。」 「ほらな!聞いたかよ義栄、 こいつは不器用なんだよ。」 「...知ってる。 お前こそ、説明を聞いといた方が良いぞ。」 得意げな表情で桃李が、またもや首を捩り 背中の義栄を見上げる。 その仕草が、義栄に我慢を強いられている事を 桃李は知らない。 「麒麟の、麒はオスの麒麟。麟は、メスの麒麟の事を言うんだ。」 「へぇ。」 「でも、世界に存在する麒麟は、僕ひとりしか居ない。 なのに、何故僕を"麒麟"と言うと思う?」 「確かに。」 それぞれの種のオスとメスの総称で、 ヒトやイヌ、ネコの様に 麒麟、と言うものがあってもおかしくはない。 それなのに、麒麟には、 オスとメスの区別はあるが なぜか彼しか存在しないことになっている。 そして、 その名前にはオスとメスが入っている。 「...雌雄同体、ってやつか?」 それは、1つの身体に オスとメスどちらともの生殖器をもっている動物を表す言葉だった。 「流石。頭いいねぇ桃李、天才だよ。」 「バカにしてんのか?」 「いいや? ただ、お前の賢さには一目置いてるんだよ。 だが、残念だけどその答えでは "惜しい"所までしか来ていない。 何故なら、僕らは、雌雄異体でありながら、 雌雄同体の生き物だから。」 「は?」 「種明かしなら、さっさとやれ。」 焦らしに焦らした挙句、 謎の日本語まで言い放った友康に桃李は最早付いていけない。 だが、痺れを切らしたのは義栄も同じだった様だ。 参った、と肩をすくめて友康が言う。 「よく見てて、桃李。」 「あぁ。」 「せーーーの、!」 ポンっ。 まるでワインのコルクが抜ける様な 軽やかな、間抜けな音が鳴った。 同時に、ピンクの煙幕が立ち上がり視界が奪われた。 もくもくと漂う煙はやがて晴れ そして、友康に視線を向けた桃李だったが、 この瞬間目を見張った。 「増えて、る!!!」 しかも、美女がいる! 「よく見てみろ、桃李。」 「え?」 友康の隣の美女は、桃李に優しく微笑んでいる。 だが、義栄が言うので彼女をしっかりと観察させてもらう、と その目元が友康によく似ていることに気付いた。 「紹介しよう、親友よ。 この美しい少女は僕の妹で、僕の妻。 麒麟の麟で、名前は鈴(りん)だ。」 麒麟の麟で名前が鈴。きりんりん "樹木希林(きききりん)、かよ。 俺、あの人好きなんだよな。胸が熱くなる。" 「あの、宜しくお願しますね桃李さん。」 正しく彼女は、鈴の音の様に澄み切った 凛とする綺麗な声で声を掛けると 思考が現実逃避していた桃李を、呼び戻した。 「妹と結婚したのか、お前。」 「正確には、麒麟として先に僕が創られ、 次に彼女だった。 天帝は僕らを全ての子供の命の象徴として、 1つの体を共有する夫婦を創ったのさ。」 「麒麟は、子宝の神様って事か。 何でも有りだな天帝。」 「お前だって、そうじゃないか 龍の宝珠で桃のお姫様?」 「そーだよ、悪いか。」 クスクスと、凛が笑った声がした。 「私の事は、麒麟でも、麟でも、鈴でも構いません。好きな様に呼んでください。」 「俺も、桃李でいいよ。 でも、なんで響は同じくせに、鈴でりんなんて名前にしたんだ? 普通に、すず、でいいじゃねーの?」 「ダメだ、せっかくだから樹木希林みたいな 名前がいいと思って 僕が付けた名前なんだからな。」 またもや、類は友を呼んだ様だった。 「つーか、なんでお前は"友康(ともやす)なんて名前なんだ。」 「天塚のおじーさんが付けてくれたんだ。 友を思い、健やかに育ちます様にってな、 良いだろう。」 「...くそ友康。」 「因みに、コイツは俺たち四龍とほぼ同格だ。 昔は五龍と呼ばれた事もあったが、こいつはその中でも別種だ。」 「そうさ、だから友とは桃李の事だけだとは限らないのさ。」 「そんな意地悪を言わないで、友康さん。」 鈴が慌てて止めに入り、 早く支度を進めましょう、と促した。 賢明な判断だ。 少し感動したのに、 聖獣万国ビックリマンショーのせいで 貴重な時間が失われている。 「鈴に任せて、白無垢を着るんだよ桃李。 心配する事はないさ、とびっきりの美人に仕上げてくれる。 晴れの姿を見せてやらなきゃ。 」 「わかったよ、やるよ。 鈴、煮るなり焼くなり俺を好きにいたぶってくれ。」 ふふ、っと微笑んで鈴が 「煮たり焼いたりしませんけれど、 絶世の美女にさせて見せます。」と断言して漸く支度が始まった。 「義栄は出て行けよ。」 「勿論だ。俺は味見はするが、 楽しみは最後までとっておく主義なんだ。」 捉えていた腕を離し、 最後に額に口付けて、俺様な義栄は部屋を出て行った。

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