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第4話

「いい加減に俺の血を飲んでください!」 「嫌だ」 「何でだよ!」 長身の彼を引きずり、渡された部屋のカードキーで鍵を開け、ソファに雪崩れ込んだ。 そして貧血で伸びている彼の胸ぐらを掴み、血を飲め飲みたくないの押し問答に発展していた。聞き分けのない主人に、怒りでつい乱暴な言葉が出てしまう。 「俺の血は飲みたくない。でも『餌役』にはなっていて欲しいって、矛盾もいいところだろっ!お前の我が儘にはもう付き合い切れないっ」 「もしかして、僕を捨てるつもりなの?」 零音が俺の腕を強い力で掴んできた。何でそんな泣きそうな顔で怒り出すんだ。泣きたいのはこっちの方なのに。 「時雨にだって問題があるんじゃないか」 「何ですか、急に。問題があるなら言ってください」 「だって時雨がいつまで経っても僕の恋人になってくれないから……」 「は?」 「僕だって時雨の血が飲みたくて、苦しくて堪らなかった。子供の頃からずっとだ。暴走して君を襲わないよう、発作の度に血製剤を使って渇きを(しの)いでた」 「何を……」 「ずっと小さい頃から言ってきたよ。時雨だけが特別。一番安心する。ずっと一緒にいたい。大好きって何度も言ってるのに、困った顔で笑って何も応えてくれなかったのは、君の方だ」 「あ、あれは……。だってそんな意味だって気づかないでしょう……」 「本当に?自分を誤魔化して、気付かない振りをしているんじゃないかって勘繰りたくなる位だったよ」 「……」 何故か言い返せない俺を見て、無自覚って本当に厄介だよね、と彼はぼやいた。 「やっと成人になれて、本当はあの会合で公開告白をしようと張り切っていたのに」 「絶対お断りです」 「そんな即行断らないでよ」 開き直って押しまくってくる彼の勢いに焦って、先程の菖蒲とのやり取りを持ち出した。 「菖蒲さんが貴方から血製剤を専属で頼まれたって言ってきたから、俺はてっきり彼を『餌役』に選んだのかって思って……」 「うん。君以外の血を飲むのは嫌だったから、直接腕に流し込んでた。数年前、菖蒲の両親が僕の父経由で、彼の血液を血製剤に使用して欲しいって言ってきたんだ。彼の血液はとても僕の体に合ったから、つい個人的に頼んでしまって。それは彼や君に対して軽率な行為だったと思ってる。ごめんね」 彼は、シャツを掴んでいる俺の拳を大事そうに手で添えると、そっとキスを落とした。 「ずっと好きだったよ。でもそれ以上に大事にしたかった。吸血行為だって責任を取れるようになってから、お願いするつもりだった。繋ぎ止めるだけの『餌役』じゃなくて、生涯のパートナーになるのを承諾してくれるまで、いつまでも待つ覚悟だったし。僕が君を守りたいんだ。大切な子を襲って傷つけるのは、自分でも許せない」 「重くないですか、それ……」 「そう。ヴァンパイアの愛は重くて痛い。それでも僕を受け入れられるかい?」 俺は掴んだままだった彼の胸ぐらに力を入れ直し、しっかりと目を合わせて言った。 「今更それしきの事で、尻込みすると思いますか?」 そして驚いている零音の唇に顔を寄せた。唇同士の柔らかい感触が生まれる。 「貴方が要らないと言うまで、俺は貴方の『餌役』です」 俺の覚悟は、とっくの昔に決まっているから。 「時雨、愛してる」 「はい。俺も、愛してます……」 きつく抱き締められ、首元に顔を埋められる。意識してしまい、つい訊ねてしまう。 「首、咬むの?」 「咬みたい。駄目?」 「だ、駄目じゃない……」 「ふふ。可愛い」 「か、可愛くなんか……」 微笑んでいた彼が、急に真剣な表情で問いかけた。 「ねぇ。もう待てないよ?」 「分かってるっ……。ひと思いにやって下さい」 「愛しの我が君、仰せのままに。じゃあ遠慮なく咬むからね」 後頭部と腰を支えられ、強く引き寄せられる。 彼の息遣いが首筋に当たり、期待と緊張で震えた。彼の唇が俺の首筋に触れ、丁寧にキスを施していく。 キスの音が響き、擽るように舌が這わされる。その刺激に小さく跳ねてしまう腰。宥めるように背中を優しく撫でられると、吐息が洩れた。 「んぁっ……」 「はぁっ、んっ……」 やがて首への愛撫が激しくなっていく。熱く濡れた舌が情熱的に蠢き、きつく吸い付かれる。腰が燃えるようなこの感覚、堪らない。このまま腰を擦り付けてしまいたい。こんなに感じてるって、彼に分からせてやりたい。 「はぁっ、あっ、あんっ……」 彼の舌が何かを探すように這い回り、遂に柔らかな皮膚の上で、ピタリと止まった。 触れている歯が鋭く尖っていき、感触だけで分かる程に変化していく。 これがヴァンパイアの牙。まるで獣の牙だ。いよいよ咬まれるんだと覚悟をする。 やっと自分の首を、血を零音に捧げられる。 しかし彼は中々噛まずに、そのまま止まったまま動かない。獣地味た息遣いが首をなぞる。躊躇しているのだろうか、牙が僅かに震えている。 零音、いいんだ。俺は恐がったりしないから。痛いからって泣きわめいたり、嫌いになったりしない。 「零っ、咬んでっ。いっぱい俺の血、飲んでよっ……!」 ぎゅっと彼の背中を抱いた時、それに応えるように俺の腰を強く抱き締め、一気に牙を突き立てた。 「うあっ、あぁっ……!」 灼熱の痛みが首筋を貫く。 ヴァンパイアの牙で犯されている。そう感じてしまうくらい、官能的な何かが身体に流れ込んできた。食い尽くされそうな感触を容赦なく味わされる。 全身の力が抜け、目の焦点が合わせられない。涎が口から伝い落ち、ぴくぴくと痙攣が起きる。下半身から熱く濡れた何かがジワリと溢れ出した感触が、遠くから微かに感じた。 五分か、十分か。それ以上か。時間の感覚が分からなくなる程に、お互いに狂おしく絡みつき合い快感を貪り合う。 零音が俺の血を飲む音。恍惚の溜め息。そして俺の悦楽に満ちた喘ぎ声だけが、生々しく耳の中で響く。もうこのまま死んでもいいと思える位の濃密なひと時だった。 ふと気づくと、彼の膝の上に頭を乗せて看病されていたのは、俺の方だった。 「ヴァンパイアに咬まれた感想はどうだい?」 「今すぐ下着を変えたい……」 下着に粗相をして羞恥で丸くなっていると、頭を優しく撫でられた。 「ふふ。了解。じゃあ次は下着も脱いでもいい場所で、もっと気持ち良くなろうね?」 「え、やめっ、遠慮させてくださいっ……」 「だーめ。却下」 逃げようとする俺を、愉しそうに容易く抱き締めるご主人様。彼の命令に弱い俺は、結局従ってしまうのだろう。

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