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ヒサメ

「お願いしましゅ……あの、名前」 今さらだけど、君の名前を聞いてみる。 「あ? ああ、ヒサメ」 「ヒサメしゃん、でしゅか」 珍しい名前で素敵でしゅねと付け加えて置いてある椅子に座ると、クスクスと笑う君。 「たぶん、ミツの方が年上だからヒサメでいいよぉ」 「えっ、ぼくちん……28でしゅ」 「あ、26」 天使だった君……ヒサメがぼくより年下だったことより、成人だったことにびっくりした。 「ヒサメ、26……」 なんの気なしにつぶやいたら、ヒサメは苦しい顔をした。 「ぼくちん、なんかイヤなことしましたか……?」 嫌われると思ってビクビクしながら言うと、ヒサメはううんと声を出す。 「風邪引いたらかわいそうだから、ちゃんと乾かすなぁ」 ちょっと声を震わせながらもいつもの口調で言い、ドライヤーで髪を乾かし始めた。 気持ちいいくらいの力でぼくの髪を掻くヒサメの手と温風でふわりと舞う自分の髪が目の前にある銀色の鏡に映っているから、ぼんやりと見るぼくちん。 これがご主人様だったなら、どんなにいいのだろう ぼくちんを飼い始めた時の優しいご主人様に戻って、今日は間違いだったと言ってくれたなら 考えただけで目頭が熱くなってきたから、強く目を閉じた後に目線を逸らした。 すると、その目線の先に墨で描かれた少年が金色の額縁の中で笑っていた。 そういえば、この家に上がった玄関にも廊下にも油絵に紛れて飾られていたなと思い出す。 伝統的な風景画もあれば人物画もあったし、濃淡のタッチと哀愁漂う感じを受ける趣を出せるのはある人しかないとぼくちんは確信した。

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