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夜明けの恋
「先生!」
「何度言ったら分かるんだ。僕はもうお前の先生じゃない」
「じゃあ雫」
「それもダメだ。あうっ」
唇をぴったりと塞がれ、黒崎の若い息吹を注ぎ込まれる。指先で胸の小さな尖りをキュッと摘ままれ、左の突起の先端も撫でるように触られてゾクゾクと感じ躰が震える。
「ここ好きか。それともこっち?」
「あっ……んっ、もう離せ!」
「嫌だねっ!」
まるで大型犬にじゃれつかれているようだ。
明るく笑うのは僕の恋人、黒崎 日向。
僕達は三年前の教育実習中に恋をした。
その恋を大切に育てた結果がコレだ。
今はもう二十歳を過ぎた黒崎に、僕は裸に剥かれて白いシーツの上でギュッと抱きしめられている。
これはあの日のような衝動的な一過性の熱じゃない。育んできた確かなもので、僕に絶えず降り注ぐ確かな温もりは、木漏れ日のように穏やかだ。
「あっ……そこ舐めんな!」
今度は左の乳首全体をぺろぺろと美味しそうに舐められて過敏に反応してしまう。
「だって先生、ここ弄ると色っぽい顔るすから」
「また先生って!」
「そうだ夏休みになったら、二人で母校訪問しようよ」
「……それもいいかもな」
今となっては、あの日の笠井先生の気持ちも……少しは分かる。
大人になるって大変だ。簡単に道を踏み外せない一方で、教育実習の時のように突然滅茶苦茶に壊したくなる衝動に駆られる時もある。
真面目な先生だから、僕の思いに応えてくれたのだろう。少なくとも高校時代の僕にとって……先生に抱かれたことにより生きることに執着出来、手術に向かう力をもらえたのは事実だ。だから今こうやって黒崎と過ごせるのは、笠井先生のお陰でもあるのかもな。
「先生に質問です」
「何だ?改まって」
「俺のこと好き?」
「またお前は……あぁ……好きだ!生きていることが嬉しくなるほどにな!」
「嬉しいよ。じゃあもういい加減『日向』って呼べよ」
「ん……日向、お前が好きだよ」
「今日は素直だな。すげー可愛い」
「またっ可愛いって言うな」
「笠井先生には渡さない」
「おっお前……知って?」
「まぁね……あの日の帰り道、先生の家から出てきたからな。でももう大丈夫だろ?先生は俺とずっと一緒だろう」
「あぁずっと」
最後に心臓の手術痕に優しくキスされた。
「初恋が実って嬉しいよ。先生が生きていてくれて嬉しいよ」
僕は今……梅雨空の向こうをお前と歩んでいる。
雨上がりの空は澄んでいる。そして間もなく暑い夏がやって来る。
季節は次々と巡り、この先も雨は降ったりやんだりするだろう。暑かったり寒かったり、穏やかな風の日も嵐の時もあるだろう。
でも……そんな世界を共に巡っていきたい。
梅雨明けと共にやってきた、僕の夜明けの恋だから。
──end.──
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