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二日目「Childish”Casino”」

お前のこと買ってやるんだよ  昼前に起き、しばらくの間惰眠を貪っていた。ようやく起きようと思いたったところで一服しようと煙草に手を伸ばすと、空になっていたと気付く。軽く舌打ちをし、くしゃりと空き箱を潰すとゴミ箱に放り投げた。  確か、この宿にも簡易の売店が併設されていたなと思い出し、軽く身支度を済ませて部屋を出た。  売店では、ライが店番をしていた。店内は至って質素だったが、軽食程度の食べ物も売られていた。その気になれば、ホテルから出ずに七日間を過ごすことも出来そうだった。 「おはようございます、ラムス様。どうかなさいましたか?」  ラムスに気付き、ライから声をかけてくれた。 「煙草が切れてさ。買いに来たんだけど、なんか無い? 銘柄はなんでもいい」 「煙草ですか? それでしたら、各国の銘柄を揃えていますよ。こっちのはメンソールが入っていますし、こちらのは珍しい銘柄で……」  このまま放っておくと、説明が長くなると察した。ラムスは適当に見覚えのある煙草を指さす。 「説明はいいって、その銘柄でいいから。……そう、それ二つ。え? 金? ……あーごめん。財布、部屋に忘れた」 「そ、それでしたら部屋に戻られてはどうでしょうか? しばらくここで店番していますし、お待ちしていますよ」  その返答に、ラムスは軽く苛立ちを覚えた。 「お前なぁ、部屋にいったん戻ったら面倒だろ、またここに来るの。考えてみろよ、今お前が煙草を渡して、チェックアウトのときにでも清算するほうがライにとっても俺にとっても良いと思うんだけど」 「そう申されましても、品物と交換でお代金は払っていただかないと」 「ああ、うん。払うけど、宿泊代とまとめてでいいだろ? 大丈夫、ちゃんと払うって」 「そういう対応はしていないのですけれど……」  次第に苛ついてきた。しびれを切らし、ライの手にあった煙草をひったくる。 「だから、払うって言ってんだろ! 今は俺の言うこと黙って聞いてろ」  びく、と竦みあがると、ライはようやく受諾した。 「は、はい……。申し訳ありませンでした。そ、それでは後ほど清算ということにいたします……。本当に申し訳ありませン」  よほど怖かったのか、相手は最早平謝りだった。ラムスに罪悪感は一切なかった。むしろ、言うことを聞いてくれるライの反応は心地よさしか感じられない。押しが弱い人間の相手は、つくづく気持ちいい。 「分かればいいんだよ、分かれば。……あぁ、そうだ」  煙草をポケットに収めながら、ライの肩をポンと叩く。 「なぁ。仕事終わったら、部屋来いよ。相手してやるよ。気が向いたら、煙草の代も払うし」 「えっ、……はい。分かりました。後ほど伺います」  相手は困った表情をしていたものの、返答はやはりイエスだった。売店を出て、エレベーターの中で煙草を弄ぶ。 「っくくく……マジでチョロい」  本当は、財布を持ってきていた。金を払いたくないというのもあったが、本質的な理由は、ライを困らせたいがために嘘をついたというのが近い。 ヒュウ、と軽く口笛を吹く。この街が自分に向いてないなら、意地でも自分に適応できるモノを見つけて遊ぶしかないのだろう。それは、案外簡単なようだ。  部屋に戻り、せしめた煙草に火を点ける。ついでに、冷蔵庫にチェックイン時から備え付けられていた酒にも口を付けた。こちらは後払い制でどうのこうのと書かれていたが、払う気はさらさら無かった。  ボトルを二つほど空けた辺りで、『発作』が起きた。それは幾度となく訪れ、予告もなく降りかかる。まず、部屋が静かだということに気付かされる。それからすぐに、自分が立てる物音に誰も反応しない、反応してくれる人間が誰一人としていないと気付かされる。更に、そんな自分の相手を誰もしたくない結果、こうして孤独を味わわされているのだと疑心暗鬼に陥る。  いや、そんなことは無いはずだ。ライがもうじき来てくれるのだから。そう慰める自分がいる反面、ライは真面目に働いているのにお前ときたら落ちこぼれた挙句、地に足のつかない有様じゃないかと嘲笑するもう一人の自分が現れ、その二人が口論を始める。 「――っ、あああああ!」  それをかき消そうと言わんばかりに、頭をかきむしり、思い切り絶叫する。 「嫌だ嫌だ嫌だ……っ! 俺は、俺は俺は俺は……俺、は……!」  この思考回路を壊そうと、ぐしゃぐしゃと頭をかきむしり続けた。しばらく後、その『発作』がある程度収まったところで深呼吸をした。不確かな手つきで煙草に火を点け、一気に三本目のボトルを空けた。  気付いたら短距離を走った後のように、呼吸が荒かった。べっとりと嫌な汗をかいている。  壊れた脚に、選手としての価値は無い。ならば、その価値がない自分自身はどうなのだろうか。そもそも、自分の存在意義とは何なのか。泡のようにいくらでも湧いてくる疑問符に怯え、それを打ち消そうと煙草と酒を立て続けに消化した。  どのくらいの間、そうやって時間を殺しただろうか。日没後、ようやく待ち人が来てくれた。 「すみませン、遅くなりました。ライです。ラムス様、開けてもらえますか」  ドアを開けると、確かにライが立っていた。今日はさすがに食事を持ってきておらず手ぶらだったが、そんなのはどうだってよかった。  ひとりでは払拭しきれない恐怖感を振りほどくように立ち上がり、ラムスは部屋に入ってきたライに抱きついていた。 「うわっ! ど、どうしました……?」 「ごめん……なんでも、ない。なんかさぁ、俺……駄目な奴だなって」 「……そンなこと、ありませンよ。どうか、元気を出してください。この街は、現実を忘れるためにあるンですから」  ライは抱きついてきたことを拒まなかった上に、深い事情を聞いてこなかった。それが、ラムスにとってたまらなく有難かった。 「何なら、さっきの煙草代も払わなくても結構ですよ。何かお辛いことがあったのなら、煙草位安いものです。それで気が済むならば良いのですが」  ラムスの背に手を伸ばし、ライは背中をさすり始めた。そこで、ようやく自分が震えていたのだとラムスは気付かされた。 「……悪ぃ。本当、俺って最低だ」  いいんです、と優しく背中をさすり続けてくれるライ。その口調はとても穏やかで、幼子相手のそれに似ていた。  ここで、先ほどの言葉に唇の端を吊り上げている自分がいることに気付く。なんだかんだで、煙草代がチャラになった、と。  その事案に気付いたら、ようやくライを虐めようという心境に移行できた。そう、ここに呼んだ理由は他でもないのだから。 「……なあ、ライ……。ちょっと、いいか」  あくまで弱々しく、落ち込んだような口調でライに問いかける。ライからは見えないラムスの表情は、きっと意地の悪さがにじみ出ているのだろう。 「はい、何でしょうか?」  直後、繰り出される質問は興味本位でしかない、ひどく意地悪なものだった。 「お前ってさぁ。この街にいるってことは身体も売ってるんだろ。ここの住人には金さえ払えば、あとは好きに出来るってシェンが言ってたし。ほら。言ってみろよ」  先ほどまでとは一転、刺すような冷たさと逆らえないようなプレッシャーを含んだ口調で問いかける。  突き放すように身体をライから離し、やや背の低いライを見下ろした。  先ほどまでの弱気なラムスから一転するどころか、話題が一気に変わったことに相手は戸惑いを隠せない様子だった。 「あ、あの……その……」 「早く言ってみろよ? 別に減るもんでもないし、どうせ俺はあと何日もしないうちにここを出るんだから」  拒否を受け入れない、強い口調で問いただす。しばらく口ごもってはいたが、困ったような表情と蚊の鳴くような声で答え始めた。 「その……、お客様がたまに私のことを買ってくれますが、えっと。ホテルの仕事が忙しくて、なかなか十分に満足させられてはいないと思います。身体を触られたりだとか、キスされたりだとかはたまにされますけど……、最後までしたことは、ありませン。だ、だから……要求されたら、軽い性的サービス程度はしています」 「……へぇ」  そう漏らした声は、ラムス自身も驚く位に冷ややかだった。  ――やっぱり、そうなんだ。この街の住人は身体を売ることが正しい。だから、これから俺が徹底的に汚してしまっても、誰にも咎められない。男相手にどうこうするっていうのはあまりしたことはないが、どうせ基本は女相手にすることと一人でするのとを混ぜたようなものだ、大して難しくもないだろう……。  気付けば、酷薄な笑みを浮かべていた。一方、ライは困ったような笑顔で首をかしげていた。 「ええと、答え……ましたよ。これで、いいですか?」  その問いに何も答えなかった。返答の代わりに素早い動きで相手を拘束し、その場に押し倒す。いきなり押し倒された衝撃に顔を歪めるライ。 「っ痛……。な、何です、か?」 「は? まだ分かんねーの? お前のこと買ってやるんだよ。喜べって」  制服の上から身体をなぞるように指先を滑らせた。男でも弱いであろう、胸元の刺激は念入りにしてやった。反応が、見たい。どうしても、見たい。高揚する感情は留まることを知らなかった。  しかし、反応は至って地味だった。頬は紅潮していたものの、快楽に屈服したような甘い声を一切上げなかった。まだ、足りないとでも言うのか。 「あ、の。そんな、つもりじゃ……」 「何? 折角買ってやるのに嬉しくないの? お前は買われる立場。そうだろ?」 「ですから……っ、あの……!」  心なしか、ライの呼吸が荒くなっている。ここで手を緩めるわけにはいかなかった。手中で弄ぶのならば、無理やりにでもことを進めなくては。ラムスは指先を胸元から脇腹、脚の付け根にまで滑らせ、そのままスラックスのベルトに手を掛けた。びくり、と身体を強張らせるライ。 「……あの、ごめンなさい……! 買ってくださるんでしたら、シャワーぐらい、浴びてくるンでした。私、準備がなにも……」 「黙ってろ」  片手でベルトを外し、そのまま一気にファスナーを降ろした。乱暴な手つきで肌蹴させる。黒いローライズボクサーパンツの下で反応し始めているライ自身が、自己主張をしていた。性格の割に下着はやけに色っぽいんだな、とどうでもいいことが頭をかすめたが、それよりも体が反応していたことに薄い笑みを浮かべる。 「……何だよ。勃ってんじゃん。何? 口では嫌がってるけど、本当はいいんだ」  ライはしばらく黙りこくっていたが、観念したように目を伏せ、小さく頷いた。 「……はい……。ごめンなさい、気持ち、いいです。口答えしてごめンなさい。買ってくださり、ありがとうございます」 「……はっ。分かればいいんだよ」  ボクサータイプでもブリーフには前開きが無いことは知っていたので、遠慮なくずり下ろした。露わになったライ自身が、物欲しそうに反応していた。先端は、既に滴りを垂らしている。  ライの右手首を固く掴んだままだった手を離し、ラムスは相手の髪を撫でてやった。あくまでも、その手つきは優しいものだった。 「ほら……。お前のこと、可愛がってやるよ。嬉しいだろ……?」  ライは出来る限り目を合わせないまま、こくこくと頷いた。その反応に少し苛立ちを覚えたが、口で言い表すよりだったら、もっと面白い方法があるだろう。そう思い、ラムスは相手の竿の先端を指の腹で、やや強く撫で回した。いよいよライ自身は硬直し、熱を帯び始めていた。 「……っ、……!」  それでも、一切声を上げようとしない。下唇を噛みしめたまま、まつ毛を震わせていた。面白くない。もっと虐めないといけない。滴っていた先走りを竿に絡め、ラムスはゆるゆるとしごき始めた。 「気持ちいいなら、よがってみせろよ。声、聞かせろって」 「ごめン、なさい……。それは、恥ずかしい、……っ、です……。無理、です……」  ライの呼吸は荒く、時折腰が揺れていた。恐らく彼が気持ちいいであろう、微細な反応を示した箇所を再度刺激すると、確かに身体は反応している。  刺激しては反応を見、をしばらく繰り返した。相変わらず声を殺したままだったが、それでも絶頂には達するようだった。ライの呼吸が一段と荒くなる。 「何? イきそ? いいよ。イっちまえって」  意地の悪い笑みのまま、性器を執拗に責めた。 「……、……っ、……!!」  それから、すぐのことだった。ライが制服の上着を汚しながら果てたのは。  事後、一服に耽っているラムスに対し、事後処理を済ませ身なりを整えたライがおずおずと口を開いた。 「あの……、買ってくださったンですよね。こんなこと言うのもおこがましいンですけど、お代金をいただけたらと……」  その言葉に対し、ラムスは不機嫌そうに財布を取ってコインを一枚床に放り投げた。 「んじゃ、これで。何だよ。また買ってやるから、そんときに弾んでやるよ。そもそも、お前しか満足してないだろ。俺はまだ満足してないんだから……。次はもっといいことしてやる。だから、今はこの額だ。今日はもう戻れよ」  ライは床に落ちたコインと、ラムスを交互にしばらく見ていたが、おずおずとコインを拾ってぺこりと一礼した。 「は、はい……。ありがとう、ございました」  退室したライは、どこか怯えた様子に見えた。ドアが完全に閉まったのを確認したところで、紫煙を吐き出した。大きく深呼吸をした後に真っ先にしたことは、ライをいたぶっている最中から自己主張をして止まなかった自身を鎮めることだった。確かに興奮はしていたが、それどころじゃなかったのだ。自分自身のモノをどうこうしようとは、行為中にまで思考が及ばなかった。  自慰だなんて格好悪いとは思ったが、鎮めないとどうにもならない。しばらく後、無事に白濁を吐き出した。後始末をしながら、ラムスは薄ら笑いを浮かべていた。  胸をチリチリと灼くような感覚と、鼓動が高鳴る感覚、それらを総括しても病み付きになりそうな昂揚感に囚われている。  今まで一人で落ちぶれていたが、ここにはライがいる。あいつと一緒に堕ちてしまおう。独りでは恐ろしいが、道連れにしてしまえばきっとまだましだ。二人で、壊れてしまえばいいんだ。 「……っくくく……あはははは……!」  そこまで結論が導き出せると、思わず独り笑いまでこぼれた。久しぶりだった、思考回路がここまでクリアに動いてくれるのは。  これでいい。この街の過ごし方としては、きっとこれが正解だ。  それからすぐに眠りに就いたのだが、ラムスは気付いていなかった。結論を導き出せてもなお、女々しさのある自分をどうにかしようという考えに及ばないことに。

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