2 / 4

一日目「Encounter”Charleston”」

              お前ってなんか面白い奴だな  バイクを走らせ数時間、目的地であるジェムの城壁が見えてきた。それは大いに結構なのだが、思わずため息が漏れた。  まさか出発から到着までに、予想以上の金がかかるなんて思いもよらなかった。もっとも、公共の交通手段を使えば多少は抑えられたのだが折角の旅行なのだからと、ジェム近くの村でレンタルバイクを借りたのが間違いだったようだ。荷物の多さからサイドカー付きのタイプを借り、更に貸出し日数を加算してはじき出された見積もりの額は高額で、思わず頭を抱えた。しかし見栄と意地でキャンセルの選択肢をなくし、結局レンタルのバイクを走らせている。久しぶりにバイクに乗った心地は悪くなかったが、請求金額には重いため息しか出ない。  しばらく後にたどり着いた城門の前でバイクを止め、近くにいた門番らしき男に声を掛けた。 「あーちょっと? バイク止めたいんだけど、どこに置けば」 「訪問客か。バイクならそこに置いておけ。後でおれが適当なところに置いておく。おれはここの門番だ。別に、怪しい者じゃない」  言葉を途中で遮り、簡潔に返答された。心なしか無愛想なのが鼻についたが、まあいいだろう。被っていたヘルメットを脱ぎ、閉ざされたままの城門に近づいた。それを遮るようにすかさず近づく門番。 「ここの訪問客だよな。招待状、見せてみろ」  単刀直入、かつ簡潔な言葉。どうやら、ここを訪れる人間すべてに放つテンプレート通りの言葉らしい。ラムスはキャリーケースの中にしまいこんでいた招待状を手渡した。  門番は一語一句丁寧に確認すると、こくりと大きく頷いた。 「……確かに、正規品。招待状は城主からの物と確認した。城門を開けよう。入れ」  重たそうなカンヌキを軽々と持ち上げ、重々しい音を立てて城門が開かれる。 「まずは城に向かえ。……じゃあ、七日後に、また」  事務的にそれだけを告げ敬礼をすると男は、門をくぐるように促した。 「バイク、丁寧に扱ってくださいね? んじゃ」 「了解した」  内心、借り物のバイクが七日後にどうなっているかが少々気になったが、別に壊される訳でも無いだろう。無愛想な門番にちらりと一瞥をくれてやった後にキャリーケースを引きずり、城門をくぐった。  城塞都市ジェムでの七日間。果たして満足に遊べるのだろうかという一抹の不安と初めて踏み入れる街への期待とがない交ぜになってはいたものの、現実逃避が出来るという意味では笑いが止まらなかった。  城は城門へと続く石畳をまっすぐ向かった場所にあり、恐らく城塞の中央に位置しているのだろうと思われた。想像よりは小さな街なのだろう、石畳の道が途切れて城にたどり着くまでにさして時間はかからなかった。  城内へは、特に警備の類もなくすんなり入れた。そしてこれもまた難なく入れたエントランスには、訪問を待っていたかのようにシェンが立っていた。手には端末機器を持っている辺り、恐らく門番から訪問者の一報でも入ったのだろう。 「いらっしゃい、よく来たわね……。待っていたわ。ようこそ、アタシのお城へ。ようこそ、アタシの街へ。ラムス、貴方を歓迎するわ」  どこか大げさだが、それでも気品がある振る舞いでシェンが出迎えてくれた。 「全く……。本当に疲れた。大体どうしてこんな辺境なんかにこんな街を造ったんだよ。もうちょっと考えても良い気がすんだけど。交通の便だってすこぶる悪いし。ったく」 「あらあら……、それはご苦労様。でもね、お客様に関してはアタシが気に入った人しか呼ぶつもりもないからその辺りは特に考えていないし、整備する気もないわ。宝石の名を持つ街にふさわしいでしょ? 宝石って、容易く手の届かない奥深くに眠るのだから」 「それはシェンの都合だろ? もうちょっと客のことも考えてくんないのかよ……、っと。で、門番に言われたから来たんだけど。言いたいことさっさと言ってくんない? 俺、もう荷物置きたいんで」  やや苛立った感のある言葉に、シェンは苦笑して見せた。 「もう……、若いんだからすぐ回復するでしょうに。そうね、言いたいことはシンプル。ここでの約束事だけ。住人達は皆、訪問者を『あらゆる手段で貴方を満足させる』わ。あなたが望むなら性の相手だってしてくれる。そういう人間たちを、各地から集めたの。  その点では色欲の楽園とでも言ってもいいかしらね。それくらい言いきった方が潔いでしょ? ただ、ちゃんとお金は払ってあげて。……そうね、言いたいことはそれくらい。  あと、期限は今日を含め七日間。七日目に、ここにまた来て頂戴」  言いきったところで、シェンは軽くウィンクをして見せた。 「宿は……町はずれの「Hotel Desire」を使って。来客は全てそこに泊めることにしているの。 ――さぁ、住人は皆ラムスを歓迎してくれるはず。好きに遊びなさいな」  好きに遊びなさい。その言葉に、思わず高揚している自分がいた。  何をしても、金さえ払えば咎められない世界。そんな環境があるなんて、そんなシチュエーションを体験できるなんて。人生のうちでもなかなか無いことだ。所持金こそ心もとないが、この際それには目を背けておこう。さて、どれだけ遊べるのだろうか?  重たいキャリーケースを引きずり、繁華街をしばらく歩いた先に宿泊先のホテルがあった。見た目からして豪華で、一生のうちでも泊まれるかどうかといった外観だ。まずはフロントで受付を、と思いフロントに向かった。 「ようこそお越しくださいました。長旅お疲れ様です」  フロントで出迎えてくれたのは、朗らかな笑みを浮かべた女性だった。鈴のように軽やかな声、醸し出されるふんわりとした空気が印象的だった。こんなに可愛い受付嬢がいるなんて、さすがとでも言うべきなのだろうか。 「ご宿泊ですね。それでは、こちらの用紙に記入事項を記入してください。……あっ、でも匿名で構いませんよ。あくまでポーズなので。ふふっ」  そう言って、受付嬢は茶目っ気たっぷりのウィンクをしてみせる。真面目にフロントに向かった自分が少々馬鹿らしくも思えたが、まあいいだろう。氏名はともかく、住所などは全てでたらめを記入して用紙を突き返した。 「はい、ご記入ありがとうございます。ラムス・ヴァレ様ですね。長旅お疲れ様でした。それでは、お部屋の方ですが――」  チェックすることなく受付嬢は記入済みの用紙を下げて、宿泊代金などの説明に移った。適当に書いたことが見破られるどころか、紙面を気にした素振りも全く見せていない。ホテルなんてどこもそうなのだろうか、いやこの街がおかしいだけなのか。 「――以上です。では、何かありましたら部屋の備品の端末でいつでもお申し付けください。お部屋まで荷物、お運びしますね……ちょっとー、ライちゃーん」  大声で呼びつけた相手は、エレベーターの前に立っていた男だった。荷物を運搬するためのラゲッジカートが横に並んでいる。 「ライちゃん、お客様807号室にお願いー! ……っとと。失礼いたしました。荷物の運搬及び部屋の設備などの説明は、コンシェルジュ兼ポーター兼、あとは……なんですっけ……。と、とにかくあちらにいるライが担当いたしますね。それでは、不夜城を心ゆくまでご堪能ください」  少しだけ上目遣いの、俗にいう『あざとさ』さえ伺える笑み。好きか嫌いかは人を選ぶのだろうが、別段悪い気はしなかった。胸のネームプレートを見ると、『ミィカ』とだけ刻まれていた。 「ありがとう、ミィカさん。楽しませてもらうよ」  こちらも笑顔で返答する。いつも女受けの良かった、至って爽やかな微笑み方で。 「あら、私の名前……。ふふっ、ありがとうございます」  それに対しての反応も、悪くは無いものだった。ライちゃん、と呼ばれた男が重たそうなラゲッジカートと一緒に、ラムスの前に来て一礼する。確かに、胸のネームプレートには『ライ』と刻まれている。 「当ホテルにご宿泊いただきありがとうございます。それではお荷物、お預かりいたします」  てきぱきと部屋の鍵をミィカから受け取った後にキャリーケースを積むと、一緒にエレベーターへ向かうよう促された。そのまま、一緒に乗り込む。 「お部屋は八階になります。では、ご案内いたしますね」  エスカレーターの内装は、意外に古めかしいものだった。ガコン、と鈍く反応してからエレベーターは緩やかに上昇する。到着までに時間がかかりそうだったため、この男と会話でもしてやろうと思いついた。そこで、ふと気になったことを漏らす。 「ライちゃん、ねぇ……。男なのにちゃん付けですか」  苦笑するラムスに対し、ホテルマン、もといライは気まずそうに頬を掻いた。身長は自分より多少低い程度だろうか。かっちりとした制服を着こんではいるものの、やや幼さの残る顔立ちから同い年か年下だと予測した。 「上司なので、なにぶン……」 「ふーん。逆らえないんですねぇ」  その言葉に、はいと小声で肯定し、小さく頷いて見せるライ。地方出身なのか、イントネーションがやや独特だ。 「一度逆らっちゃえばいいんじゃないですかね、あんな可愛い上司。そうだ、女なんて一晩抱けばこっちのもんすよ。一回抱いてモノにしちゃえば、ミィカさんも偉そうな真似できなくなるんじゃないっすか」  ラムスの安直な提案に、いよいよ困ったような顔をする。 「だ、抱っ!? だ、抱っ、だ……。わ、私にそンなこと出来ませンってば! きつい冗談はやめてください……」  語尾はもはや尻すぼみだった。それにしても、反応がいちいち面白い。こういうタイプは経験上、からかうといつも面白い反応が返ってくると知っている。しかも、無自覚なのだから尚更面白い。 「面白い奴っすね、ライちゃん」 「ら、ライで結構です」 「ふーん。なら、ライ。ついでに敬語もやめとこ。お前ってなんか面白い奴だな。いいキャラしてる」 「面白い……、いいキャラ……。それってどンな意味……」  ライの質問が終わる前に、八階に到達したというアナウンスが鳴り、ドアが開く。 「うう……。それでは、お部屋へご案内いたします」  先ほどのラムスの言葉に対して何か言いたげだったが、仕事を優先したようだ。ラゲッジカートを引っ張りながら、部屋へ案内していく。  こちらです、と案内された部屋は、そうそう泊まれないような豪華なリゾートホテルさながらでありながら、立地上必要なのだろう、ラブホテルの要素も巧く融合させたような部屋だった。備品もラブホテルでよく見かけたものが多々見受けられた。更に、鎮座しているベッドは、一人部屋なのに広々としたダブルサイズだった。部屋に連れ込んで行為に及ぶことが、既に視野に入った設計なのだろう。 「それでは、お部屋の設備等に関しましてご説明を――」 「それは、見れば大体分かるからいいや。分からなかったらそこの端末で呼べばいいんだろ」  丁寧に説明をしようとするライの言葉を早々に制し、強制的に説明を終了させた。 「は、はい。お部屋にある端末のメニュー画面から規約事項の明記されているページが見られますので、そちらをご覧になっていただければお分かりいただけるかと思います……。そ、そうですよね。いちいち説明されても困りますよね。も、申し訳ありませン」  しかも、相手はご丁寧に謝罪までしてくれた。 「他に何かご質問等ございますか? ……はい、かしこまりました。それでは、どうか良い出会いがありますように」  人の好さそうな笑みで一礼し、ライは退室した。  何となく面白そうな奴、というのがラムスの第一印象だった。ああいうからかい甲斐のあるタイプは、いじればいじるほど面白い。  だが、ひとまずそんなことはどうでもいい。この『不夜城』を遊びつくすためには、一体どれだけの金が必要なのだろう。そんなことを思いながら手早く荷解きを済ませ、必要なものだけを持って部屋を後にした。    軽く歩いただけで分かったのだが、不夜城は貧乏学生が遊ぶにはハードルが高かったようだ。女たちは皆綺麗だったし、魅力的だった。しかし幾らで相手をするかを聞くと、とてもじゃないが七日間遊ぶ前にバイクのレンタル代を払えなくなり、帰ってからの生活も貧困にあえぐことが目に見えていた。リスクだらけでしかなかった。  繁華街や、アルコールの臭いに満ちた酒場通りで食べ歩くのも悪くは無いのだろうが、一人で遊ぶというのもなんだか惨めに思えた。  結局、自分にこの街で遊ぶことは向いていなかったのだろうかと思いつつ、街を一通り散策した。その後適当な店で見繕った酒を抱えて、いそいそとホテルに帰ってきた。  ロビーのソファで一服する。煙を吐き出す息が、何となく重かった。視界の隅、フロントでミィカが酒瓶を片手に飲みふけりながら自分に声をかけたような気がしたが、敢えて見ないふりをした。  煙草が短くなったところで、部屋に戻ることにした。エレベーターが八階に着き、ドアが開いたところで再びライに出くわした。 「お、ライちゃん」 「うぅ……ライで結構です。お客様、お帰りなさいませ。お楽しみいただけましたか」 「全然。女は高いし、ディスカウントストアも無いし」  ラムスの即答に面食らった顔をした直後、ライはしょげかえった表情に変わった。 「も、申し訳ありませン……。お客様のご意見は城主に伝えます。より良い街にするための貴重なご意見、ありがとうございます」  丁寧な謝罪と共に、これまた丁寧に一礼してくれた。  これは、気分が良い。女なんかに高い金をはたいて一時的に気分が良くなるより、もしかしたら効率的に『気分よく』過ごさせてくれるのではないだろうか、この男相手に過ごすということは。 「……なぁ」  ラゲッジカートと共に去ろうとしたライの肩を軽く叩き、呼び止める。 「なぁ。仕事終わったら、部屋来いよ。暇だし」 「は、はい。かしこまりました。夜過ぎには一通り済みますので、終わりましたらそちらに伺います」  あっさりと承諾を貰え、ラムスは内心ほくそ笑む。部屋のドア前で別れ、ライは仕事に戻っていった。今は日没の頃合いで、夜過ぎにはまだ多少時間がある。ラムスは買ってきた酒と軽食に手を伸ばした。  一人で過ごす時間というのは、どうも苦手だ。何をしても誰からも反応がないということ、否応なしに孤独だと認識させられることが、ひどく残酷に思えた。何をしても、どうしてもため息が出る。持ってきていた自前の端末も何故か圏外で、友人たちにジェムに着いたと伝えようにも外部と連絡が取れないのではどうしようもない。備え付けの端末でも友人たちに連絡を取ろうと試みたが、何度やっても成功しなかった。この街独自の通信網でもあるのだろうか。  暇な時間。自分だけの時間。独りの時間……。その使い方が、今に至るまで分からない。過去の自分はどうしてきたのだろう、これからの自分はどうやってこの時間を殺していくのだろう? ……そこまで考え、やめた。もうすぐきっと、この時間は終わるはずだから。ラムスは気を紛らわすために、煙草に火を点けた。  何本か煙草を灰皿に押し付けたところで、扉を叩く者が一人。 「こんばんは。ライです。仕事がひと段落しました。お邪魔します」  ドアの前でおずおずと一礼し、ようやくライが部屋にやって来た。しかも、頼んでもいないのに食事の乗ったワゴンと一緒だ。 「遅い。それに、何? 食事なんか頼んでないんだけど」 「こ、これはその……。食事を作ったンですけど、一人では食べきれなさそうだったので……。ミィカさんの分も一緒に作ったンですが、それでも余ったンです。お客様、よろしかったら召し上がってくださいませンか?」 「ふーん。まぁ、食うけどさ。ああ、あと。俺、『お客様』って名前じゃないんだけど。ラムスって名前があるから、そっちで呼んで。んじゃ、食っていいなら食うけど」  食事を食べてくれる、という返答にほっとした表情を浮かべ、ほんわりと微笑んだ。 「ああ、良かった……! かしこまりました、ラムス様。お食事、いただいてくれるンですね。ありがとうございます」  テーブルにてきぱきと配膳し、一緒にワゴンに乗っていたワインをグラスに注いだ。 「さぁ、召し上がれ!」  見た目は全体的に地味なものの、嗅覚を刺激してくる料理は非常に食欲をそそられるものだった。 「旨いんだよな、これ?」  それでも悪態をついてしまうのは、反応を見たいという単純かつ不純な理由からきていた。 「お口に合うかは分からないのですが……。ちなみにメニューですがこちらは……って、あ」  メニューを聞き終える前に、手前の皿に盛りつけられていた料理にかじりついた。黙々と咀嚼し、嚥下する。うん、と思わず感嘆の声が漏れた。 「……旨いじゃん。悪くない」  その言葉に、再びほっと胸をなでおろしたようんな表情を見せるライ。少し得意げな雰囲気も感じ取れた。 「……あ、美味しいですか? よかった。自信作なンですよそれ。故郷ではよく作られていた料理なンです」  きらきらと目を輝かせて話す様子が、どこか得意げに見えた。褒められたことがよほど嬉しいのだろう。 「ふーん……。でさぁ」 「はい! なんでしょうか」  料理に手を伸ばしつつ、さりげない様子で気になっていたことを投げつけた。 「ライって、彼女いんの?」  その言葉に一瞬固まり、間もなく頭から湯気が出そうな勢いで真っ赤になった。 「そ、そ、そンなこと聞いて、どうするつもりですか。え、あの、どうしても言わなきゃ、いけませンか?」  しどろもどろの反応。やはり、面白い。タダで楽しませて貰える上に、食事つきだなんて悪くない。更に酒まで飲めて、ほろ酔い感覚が心地よい。こんなに良い話はなかなか無いかもしれない。もっとからかってやろうと愚考する。 「うん、どうしても。ちなみに俺は最近別れた。んで、ライは? 俺も話したからお前も話してみろよ」  注いでくれたワインの香りを楽しむことなく飲み干し、手酌で二杯目を注いだ。一方、ライはしばらくあたふた慌てていたが、意を決したように頷いた。 「いることは、います。……でも、過去形の方が正しいのかもしれませン。ここに出稼ぎに来てもう六年になりますから、最後に会ったのは六年前なンです。この街って連絡手段も限られているので、外部とほぼ遮断されているようなものですし……。それに嫌われても仕方ないことを、してしまったことがあって」  どうして、こういうタイプは『押してはいけないスイッチ』を自ら露呈するのだろうか。ここは、それを押してあげないと失礼だろう。 「そんなこと言われたら聞きたくなるんだけど。何したんだよ?」  相手はしまった、という顔をしたものの、少し唸った後に話を続けた。 「その、……彼女を無理矢理押し倒したことがあって。でも、……えっと、女性特有の期間で、……何ていえば良いンでしょう……」 「生理?」 「そう、生理! って、ああああ……。もう、やめてください、言わせないでください……。そう、生理中だったンです。私、びっくりして、その。だ、だから……。血の匂いとか、それ以来駄目になっちゃったンですよ。だからって訳でもないンですけど、女の人ってどうしても少し怖くて……」  これは、不味い過去を引きずりだしてしまったのではないだろうか。軽く謝罪しようと思ったのだが、相手の方が気まずそうな顔をしていた。 「ご、ごめンなさい! 変な話しちゃって……。その……あの、はい。彼女、いました。こ、これでいいですか?」  なんと、自分の方が悪いと思ったらしい。こちらが謝罪しなくていいことに、ラムスは拍子抜けした。それにしても、ライを見ていると飽きない。もっと困らせてみたい。もっと困った顔が見たい。その欲求と酔った勢いに任せ、ライの顎を掴み一気に至近距離まで近づいた。呼吸が感じ取れるくらいの、至近距離。 それに対し、ぱちくりと瞬きをし、何が起こったか分からないといった表情をするライ。 「な、何です、か?」 「ちょっと気になるんだけど、彼女とどこまでした? これくらい至近距離で話しただろうし、キスくらいしただろ?」  唐突な言動に対し、今日何度目か分からない赤面の表情が返ってきた。やや反応が遅いのは、目を瞑ってやろう。 「あ、あの、その、き、キスです、か? ……いや、それが、してなくって……」  何を聞いても素直に返答をするのがまた面白い。もっとからかってやろうと思い、ラムスはライの服越しに、片手を胸元に滑らせた。 「ひゃ!? あ、あ、あの?」 「こうして胸とかも触ってないの?」 胸元を指先でくすぐってやると、こそばゆそうに身をよじらせた。 「あ、ふ、ふぁい、して、ませ……ン。え、えっと……あ、あのう、そ、そろそろ離してくださ、ひっ」  このくらいにしてやろう、とライから身体を離す。思わずラムスから失笑が漏れた。 「っくく……面白い奴」 「お、面白いって……もう……。あまり遊ばないでください」 「悪ぃ。でも、面白いわ」  その後は、当たり障りのない会話を交わした。時折からかってみせたが、いちいち反応が面白かった。  日付が変わる頃、ライはまだ仕事があるからと言って退室した。  久しぶりに楽しい時間を過ごせたな、とラムスは思った。そして、決めた。女なんかに金を遣うなんて勿体ない。折角、いいおもちゃがいるのだから遊ばないと損だ。――明日から、ライをおもちゃにして遊ぼう、と。

ともだちにシェアしよう!