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慟哭の果てに鮮やかと見間違えるほど穢れ、
「……母上と父上が亡くなった? そんな……どうして!?」
それから半年程経った、ある日の事だった。両親と共に、商談に同行していた使用人が血相を変えて屋敷に戻って来たかと思うと、両親の訃報を報告したのだった。
商談中の事だった。突然浪人達が数人押し入り、両親に斬りかかったらしい。浪人達は、両親を斬り殺すとその場を後にしたという。
金品を盗んだりする事もなく、両親だけを狙った事から、最初から目的は両親の殺害だったのだろうと思われるとの事だった。
屋敷の中が一気に慌ただしくなる。使用人が去り、部屋には真澄と創の二人きり。
両親の死を哀惜し涙を零す真澄に対し、創はというと、暗い瞳に薄っすら笑みさえ浮かべている。
「……はじめ、くん?」
その表情は、僅かに恐怖さえ感じさせる。
「これで邪魔者はいなくなった」
小さく創がそう呟いたのが聞こえた。『まさか』と耳を疑う。
「なんだよ、真澄。その目は? 僕に、二人を殺せるわけないだろ? まあでも、その辺の浪人に少し金をやれば、人間二人くらいなら簡単に殺してくれるかもしれないけど」
「……なんで、そんな事!?」
「なんで? そんなの、兄さんのせいに決まってるじゃないか。誰も、僕を見ちゃいない。小さい時から、兄さんを守っていたのは僕だったのに、みんな兄さんばかりを贔屓する。ねえ……頭の良い兄さんなら、この事を誰かに漏らしたりしないよね。今まで世話になった使用人の人数が減るのは、兄さんも嫌でしょう?」
真澄の妊娠が分かったのは、それからすぐの事だった。不自然に張り出てきた真澄のお腹に気付いた使用人の一人が、医者を呼んだのだった。
「……兄さんは……兄さんは、男ですよ!? しかも、妊娠してから半年は経ってるって……」
間違いなく、創と真澄の子だろう。当人達を含め、屋敷の人間に激震が走る。ようやく両親の葬式が終わったばかりだと言うのに、次から次へと――。
(いや、待てよ……、これは使えるかもしれないな)
苛々した様子で眉間に皺を寄せ、医者の話を聞いていた創だったが、ある妙案が浮かぶ。
医者を一旦返し、創は屋敷の人間を集めると、昔の様な柔らかい笑みと涙を交え、真澄を犯した事に対する謝罪と、真澄のお腹の子を育てたいという決意と、真澄の身体を第一にという思いから、しばらくの間だけ周防家の事は自分に任せてほしいと話をした。
「どうかな、兄さん? (断ったら、どうなるか分かってるよね)」
隣に立つ兄に、伺いを立てるようにしおらしい態度を見せながら、そっと耳打ちする。
「……っ! う、うん……僕もそれで良いよ」
創が何を考えているのかは分からない。けれど……創がどんな事をしていようと、自分達は双子で、創が『兄さんのせいだ』というのなら、きっとそうなのだろう。現に、創が今の様な性格になってしまった原因は、自分にあるのだから。
◇◆◇
真澄のお腹の子は、順調に成長していた。男同士で、しかも兄弟間で身籠った子。世間に大っぴらに出来る事ではないけれど、それでも日が経つにつれ、真澄は生まれて来る子供に、愛情と期待を膨らませていった。
「真澄様、もうすぐですね。お身体は大丈夫ですか」
「うん。最近この子、前よりよく動くんだ。生まれてきたら、きっと僕が小さい時より元気だと思うんだ」
お腹をさすりながら、真澄は嬉しそうにそう言う。今真澄の世話をしているのは、妊娠が分かったあの日、医者を呼んだあの使用人だった。
そして迎えた、出産予定日。事を公に出来ない事もあり、必要最低限の人数でその時を待つ。
数時間の陣痛とともに真澄は、創と数人の使用人に見守られ、無事出産を果たした。
「……おめでとうございます! 元気な男の子ですよ」
初めて抱く我が子。妊娠が分ってから、ずっとこの日を心待ちにしていた。嬉しさで涙が溢れる。きっと、これから待ち受ける運命は、楽なものではないだろう。それでも、この子がいれば何も怖くはない――そう思った。
「兄さん、僕にも抱かせてくれないか? 一人占めなんて、ずるいじゃないか」
そういう創に、真澄は抱いていた子を渡す。
嬉しくて忘れていた。いや、最近の創は昔の様に穏やかだったから、信じたかったのかもしれない。
――ぴゅぅーーっ
子を抱いた創が指笛を鳴らす。それを合図に部屋の戸を蹴破って、数人の男達が押し入って来る。男達は創を守る様に、創を囲う。
「……あなた方は、一体何なんですか」
まだ上手く動けない真澄を守る様にしながら、男達の前に立ったのはあの使用人だ。
「主様よぉ……こいつら全員、殺しちまって良いんですかい」
「ああ。兄さんは殺すなよ」
使用人の問いには答えず、男達は汚い笑いを浮かべて、雇い主である創に声をかけたのだった。
「……なっ!? 創様……まさか――っ」
そこから先はまさに、地獄絵図だった。逃げようとした者、真澄を守ろうとした者、全て殺された。騒ぎを聞きつけた、他の使用人が部屋に駆け付けた時には、その場にいた使用人の亡骸が床に転がり、その中心には彼らを斬り殺したであろう、男達と顔を真っ青にして震えながら涙を流している真澄。そして、泣き叫ぶ赤ん坊を抱きながら不敵に笑う創の姿があった。
「こ、これは一体!?」
状況が飲み込めない。それでも、今迂闊に近付けば、自分達や真澄の命が危ない事だけは分かった。
「……お前達、意外と早かったな。まあいい。今から正式にこの周防家の後継者は、周防創――この僕だ。ここに転がる奴らみたいになりたくなかったら、僕には逆らわない方がいい」
「…………」
誰もが口を閉ざす。赤ん坊の泣き声だけが、未だに響き渡っていた。
「……うるさい餓鬼だな。おい、刀を貸せ」
「……は、はじめくん……な、なにを」
震える声で真澄がそう創に問い、手を伸ばす。創はその手を振り払い、赤ん坊の頭を片手で掴み、男から受け取った小太刀で躊躇なく殺す。
「うわあああああっ――」
「あっははははははは!!!」
静かになった部屋には、真澄の絶叫と創の笑い声がいつまでも響き渡っていた。
◇◆◇
あれから、ふた月。真澄の暮らしは一変した。
残っていた元々の使用人も、少しでも変な行動を取れば即座に殺され、その代わりに来た新しい使用人達は愛想もなく、まるで創の操り人形のようだった。
真澄も今までの部屋を追われ、屋敷の一番奥の部屋へと軟禁される事になった。
ずっと使われていなかった部屋だったが、何代か前の当主が妾を囲うために作らせた部屋、という事もあってか縁台から見る坪庭と、天気のいい日に見上げる空はとても綺麗だった。
その部屋から他の部屋へと続く廊下には、元々二部屋あったが、そのうちの部屋の一つを改築し厠と風呂場が作られ、その先には新たに鍵付きの扉が付いた。その鍵は、特定の人間しか持つ事すら許されなかった。
そして、もう一つ大きく変わった事――。
「はっ……ああっ……んっ、ぐっ」
「ははっ! こりゃぁ、いい。男を抱くなんざぁ、まっぴら御免だと思っていたが、こいつぁ別格だ」
「そうだなぁ。しかも……こいつ、そんじょそこらの女より濡れるし、感度もいいときたもんだ」
真澄が、部屋に軟禁されて数日後の夜。
創が数人の男を連れて、部屋に現れた。暗がりで男達の顔はよく見えないけれど、うっすらと血の臭いがしたから、少なくとも善良な人間ではないだろう。腰には刀を差している。
あの日の恐怖が全身を支配して、真澄の身体はかたかたと震えだす。
「へへっ……、本当にヤっちまっていいんですかい? こいつぁ、あんたの〝兄様〟なんだろ?」
「……ふん。我が周防家に不幸を招く、忌み子さ。それは、女より濡れるし孔の具合もいいが、大事な商品 だ。間違っても、壊してくれるなよ」
そう言って創は、こちらを見向きもせず部屋を出て行ってしまった。
それからというもの夜になると毎日の様に、見知らぬ男達が真澄を抱きにやってくるようになった。腕っぷしの男達に、真澄が敵うはずもなかった。
『首筋を噛まれると、感度が落ちるらしい』という、風の噂を聞いた創に言われ、首輪を付け、代わり映えしない庭を見て、夜は抵抗する事も諦め、毎夜違う男達に大人しく抱かれる日々。
それに自分が創に逆らわなければ、周防家元々の使用人達がこれ以上殺される事もきっとない。
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