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第9話
「紫月! おい、紫月! 大丈夫か!」
彼は先程送られてきたメールにあった姿のまま、後ろで両手を縛られていて、ウトウトと眠りに落ち掛かっているような表情をしていた。
「紫月! 待ってろ、今解いてやる……!」
背後にいる高瀬の存在など忘れたかのようにして、冰は必死に紐を解き始めた。
「……だ……代表……」
「紫月! 無事かッ!? すまなかった……俺のせいでこんな……」
「……いえ、俺は……平気……。それより……代表は……早く逃げ……て」
「大丈夫だ! 俺なら心配ないから……! 本当にすまない! 怪我は……辛いところはねえか!? 何も……されてねえよな……?」
ようやくと解けた紐を床に放り投げて、冰は紫月を抱き締めた。
ぐったりと重みを伴いながら、紫月が腕の中になだれ込んできて、冰は焦燥感に瞳を震わせた。
「何か……薬でも盛られたのか……? おい、紫月! しっかりしろ……!」
「平気……ただ、眠い……だけ。それより……早く逃げて……。あいつ……代表を……」
眠気と戦いながらなのか、懸命な様子でそう言い終えると、紫月は再びガックリと力を失ったようにして腕の中になだれ込む。冰は後方の高瀬を振り返ると、大声で怒鳴り上げた。
「あんた! 彼に何をしたんだ! まさかヘンな薬なんか盛ってねえだろうなッ!?」
まるで今にも泣き出しそうなくらいの必死の表情で叫ぶ冰を、高瀬は冷笑のままで見下ろしながら言った。
「心配するな。ただ睡眠薬を嗅がせただけだ。ここで暴れ回られても迷惑なんでね」
”睡眠薬”という言葉に幾分の安心感を覚えて胸を撫で下ろす。冰は、以前にこの高瀬から催淫剤のようなものを幾度か盛られた経緯があるので、まさか紫月にもそんなものを使われたとしたら――と、一抹の不安が過ぎっていたのだ。
「本当に睡眠薬だけなんだな!?」
「ああ、本当だよ。僕は嘘はつかない」
「俺が来たんだから、もう紫月に用はないだろ!? 今すぐ彼を解放してくれッ!」
声を嗄らしながら冰は怒鳴った。
「いいだろう。キミさえ手に入れば彼はもう用済みだ。正直言うと邪魔なくらいだからね」
皮肉たっぷりに高飛車な言い草だが、腹を立てている場合ではない。今は紫月の身の安全が何より優先なのだ。
「じゃあ、紫月を帰す為のタクシーでも……」
そう言い掛けた冰の言葉を取り上げるように、高瀬が声音を変えた。
「だが――! 帰ってもらっては困る」
「なっ!? どうして!?」
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