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第4話

 なんだよ、なんだよ。俺に言わすのかよ。  まぁ、べつにいいか。一生言うことはないだろうと思ってた気持ちを言えるチャンスを貰えたのだから。 「俺は好きだよ、千葉が。おまえのその真面目なとこも、笑うとめちゃくちゃイイ顔するとこも、仕事熱心で俺に懐いてくるとこも全部かわいくて仕方ない」  そう言うと千葉が真っ白い歯を見せて笑ったかと思うと、照れくさそうに頭を掻いた。 「俺も、好きです、嘉瀬さんが。ていうか、好きでもない人の残業わざわざ自分から手伝ったりしませんしね」 「いや。そりゃー、普通に先輩として慕われてんのかと思うだろ?」 「慕ってますけどもー。それとは別の意味で慕ってんすよ。今夜だって、残業はそりゃ微妙ですけど、一緒にいる時間増えると思ったらやっぱ嬉しくて」  千葉がまた照れくさそうに言って、今度は不自然に視線を逸らせた。 「……」  おいおいおい。  いまになって目ぇ逸らすとか、何なの、その技は。どれだけ俺の心、くすぐるんだよって話。 「嘘みたいだな……。完全片想いだと思ってたわ」 「それは俺もですよ。嘉瀬さん、そんな素振り全然なかったし。──ああ、特にこうやって眼鏡越しに見つめられんのがヤバイっすね」  さっきからやたら眼鏡に食いつくと思ったら、そういうことか。 「ははっ」  よく分からないけど、目が悪くて良かった。眼鏡掛けてて良かったと思ったのは今日が初めてだ。 「さぁてと。残りの仕事さっさと片付けちまわないとな」  ふと現実に帰る俺。  デスクの上には、まだ明日までに打ち込みを終わらせなきゃならない書類が残っている。  千葉も同じように自分のデスクに視線を移し、ストンと椅子に腰かけた。チラとお互いを見て小さくと笑ったかと思うと次の瞬間カタカタ、カタカタ……と二人同時にキーボードを叩く。 「早く終わらせっぞー」 「うっす!」 「つか、このあとどうする? 飯でも行く?」 「ちょーお。話しかけないでください。気が散ります!」 「え」  何なの。さっき俺のこと好きだって言ったくせにこのつれなさは。 「嘉瀬さん。──終わったら、俺ん家来ませんか?」  つれないと思ったら、いきなり部屋誘うとかなんだよ、コイツは。 「俺、腹減ってんだけどー」 「何か作りますよ。飯作るの結構得意なんで」  おいおいおい。本当何なの。  こんな若くていい男が、料理もできて、さらにはそれを振る舞ってくれるとかどんだけ可愛いんだ。 「マジか。ついでに俺も美味しく料理してくれたり──」  なんて俺のオヤジ発言なんかは若者らしく華麗にスルーしてくれるかと思いきや、 「しますよ、料理。嘉瀬さんさえ良ければ。ていうか、そのために部屋誘ってるんですから」  なーんて真っ直ぐ受けとめてくれるとか、見た目以上に男前。  やっべぇ。今夜こいつとスんのかーとか思ったら、すでに興奮してきた。 「マジ、疲れた」 「──っすね」  仕事を終え、二人揃ってオフィスを後にしたのは午後九時過ぎ。  長時間に渡るPC画面との睨み合いにさすがにもう目が限界。霞むは渇くわ、エレベーターに乗り込むと同時に眼鏡を外し、目頭を押さえる。  その瞬間、目の前に差す大きな影。  フニッとした柔かな感触と共に、ほんの一瞬重なった千葉の唇。さっきはゆっくり感じる余裕もなかったが、思ってたよりずっと柔かい。 「まだここ会社な、千葉」  一応常識ある大人として千葉に釘を差したのは、ここが職場のエレベーターの中だから。まあ、さすがにこんな時間まで仕事してる人間などうちの職場にいないとは思うが。 「ヤバいです。家まで待てる気がしない」  眼鏡をはずしているせいで少しぼやけた千葉の照れくさそうな顔。いちいち視線を逸らすところがまた俺の心を擽る。  はー、こっちがヤバイっての。  こいつの照れ顔マジ堪んねぇ。 「──続きはあとでゆっくりな」  そう言うと、千葉が素直に頷いて俺の手にある眼鏡をスルと抜き取ると、さっきより少し慣れた手つきでテンプルを広げた。そして、そのまま俺の顔の前にそれを宛がう。  ゆっくりと動く千葉の手。耳の横をそっと滑る眼鏡のテンプルの冷たい感触に身体がゾワとする。 「なんか……興奮しますね。これ」  俺の耳元で千葉が熱を伴った声で囁いた。  ピタリとフィットした眼鏡。レンズの焦点が合い、ぼやけていた千葉の顔がはっきりとする。 「……バァカ」  そう答えて今度は俺から軽く唇を重ねると、軽くのつもりが千葉に半ば強引に深みへと引き摺り込まれる。 「──ちょ、待て」 「お願い。エレベーター止まるまで」 「や。すでに止まってるしな!」 「あと一回だけ」  そのお願いは、狡いだろ。俺がおまえのそれ断れるとでも?  可愛い後輩は意外と肉食。これはある意味嬉しい誤算。  もっと近づいたら──、  そんな悪戯心からのまさかの展開。人生何が起こるか分からないとは、よく言ったものだ。  最強アイテムはまさかの眼鏡。  片思いの相手まで。  あと数センチからの、結果ゼロセンチ。 -end-

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