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第9話

次の早春京都の呉服問屋で… 「女将さん?裏山の奥にある山桜、早く咲きましたね」 下働きの少女が以前見た光景を思い出す。あの桜の木の根元に女将が下男に指示して何かを埋めていたのを不思議に思っていた 「珍しいですよね?花びらが薄紅くて…」 「余計な詮索は身のためになりませんよ?」 女将はピシャリとたしなめる、それでも尚気になるようで仕方なく少女に裏庭の掃除を言い付ける そこには壊れた道具や着物の供養碑が並んでいた 店の者たちは祐也と聖はアメリカに行ったのだと思っている 「いつか あの娘に後を任せようかしらね…」 女将はそっと呟いた ーーー 数年後…大學近くのカフェにて 薫子は以前と変わらず女給をしていた 店の奥からは小さな男の子が覗いている 「ダメよ祐也、大人しくしていなさい」 そう言われて サッと引っ込んだ ふと客の見ている新聞に目をやると結城財閥の記事が見えた 結城財閥の学習塾の経営陣に柳ヶ瀬の名前があるのが分かった 祐也と聖がいなくなった後しばらくして自分宛に多額の金が届いた 両親に渡して欲しい…とだけ書いた祐也のメモがあったから カランカラン…と入口の鈴が鳴る 「いらっしゃいませ」 目をやると二階堂宗十郎と有希子が腕を組んで入って来る 何時もと同じように紅茶のセットを給仕すると有希子もまた何時もと同じ質問をする 「薫子さん…聖は帰って来ていない?もし見かけたら教えてね…」 心底心配しているようだった 「分かりました」と微笑んで答えると奥に下がる 結城家は聖を娘婿にするのは既に諦めたようだ つい先日 絵里お嬢様の婚約発表があったから あの日車掌の目撃情報で二人が一緒にいなくなったのはすぐに分かったらしい 世間の噂では華族の御曹司の我儘に振り回されているのだろう…と口さがない事が言われている けれど薫子は知っていた 何時からだろう…二人が想いあっている事に気が付いたのは …そして 二人はもう… 薫子はその心内を誰にも言う事はなかった 奥からまた男の子が出てくる 「お母さん 桜の花が綺麗だよ」 薫子は微笑んで祐也の顔を見つめた

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