8 / 9

第8話

祐也が行ってしまった後も聖はそのまま立ち尽くしていた 長い時間だったのかたった数分だったのかそれすら分からないくらい心が空虚だ もしかしたらすぐに戻って来てくれるかも…と期待したのかも知れない 女将から貰った花嫁衣裳を胸に抱いて部屋をでた ふらふらと歩いて来たのは京都に着いて初めて祐也と口付けを交わした場所 ひと気のない雑木林の奥まで行くと辺りはひんやりと静かだ 聖は包を広げて中にある花嫁衣裳を手に取る…打ち掛け以外にも装身具は一式揃っている あの時のように肩から羽織るとまた涙が溢れてきた 少女のような夢を見た自分が一番悪い 「ふふっ…ははは」 見つかって無理矢理 連れ戻されるくらいならここで全て終わりにしよう 花嫁衣裳を羽織ったまま包の中にあった漆に蒔絵を施した懐剣を手に取る 刃を手首にあてると つっと鮮血がつたう…痛みは感じなかった 聖は力任せに自らの首を引き裂いた 「ぐっ…っ…かはっ…」 口から大量の血が溢れ、息があがる 身体の痛みより…心が痛い 「はぁ…っ」 花嫁衣裳は最初から紅い色だったかのように血に染まっていった… ーーー 辺りは薄暗くなっていた 「お客さん東京行きの最終だよ。乗るの?乗らないの?」 そう声を掛けられて祐也はハッとした 随分長い間考えこんでしまったようだ… 突然の事に動揺して聖と離れてしまってよかったんだろうか?自分だって覚悟を決めて一緒に来たはずなのに 急いで来た道を戻る…両親ならきっと大丈夫だ そんな弱い人間ではないと分かっていたのに 「聖っ!!」 部屋に戻ると既に聖の姿はなかった 「女将さんっ!聖は?」 息を上げて店の者に聴いてまわる 「そういえば見てないわね…どうしたのかしら?」 イヤな予感がした 「女将さん…お願いがあります」 祐也はそう言うと帳面に名前と住所を書いて女将に金と一緒に手渡した 「俺と聖が戻らなかったら ここに金を送ってくれませんか?」 不躾な頼みに女将は静かに頷き受け取った 知り合いなどいない京都で聖が行きそうな場所はあそこしかなかった そんなに遠くないはずなのに中々辿り着けない 「はぁはぁ…」 日はとっくに暮れ月明かりが差し込んでいる 「聖…?…いるのか?」 一本の木の根元に人影がみえる 「聖…?」呼びかけても返信はない 近くまで行くと紅い着物だと思ったものがあの花嫁衣裳だと分かる 「すまない…聖…」 血の気のない聖の身体を抱き締め泣き崩れる 自分の迷いが聖を死なせてしまった 「聖…聖……」 何度も何度も名を呼んだ 「ごめんもう遅いけど…一緒にいる事にしたから…」 そう言うと血塗れの腰紐で自分と聖の手首をきつく結びつける 初めての時と同じようにそっと口付けると聖の手にある懐剣で自らの胸を突き刺した 「聖…もっと永く一緒に生きていたかったな…」 意識が無くなるまで聖を抱き締めたまま夜空の月を見つめていた……

ともだちにシェアしよう!