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第7話
それから数ヶ月は平穏な日々が続いた。
二人の関係は公然の秘密になり誰もが微笑ましく見守っている
人柄の良さの所以だろう、聡明で博識な祐也は店で重宝がられ、聖は育ちの割りに素直で優しい性格で
下働きの者達のアイドル的存在だった
そんなある日女将が新聞を持って部屋にやって来た。女将にはだいたいの事情は話している
身を隠したい事も、アメリカに行きたい事も。
差し出された新聞を見て驚愕した
人探しの欄に聖の写真が大きく載せられている…
『尋ね人、情報求む、謝礼一万円也』
女将から今までも探偵らしき人物が尋ねて来る事があったようだ
結城家の財力を痛感した
「祐也…さん…?」
別の記事を見つめる祐也の顔が蒼白になっていく
「どうかしたんですか?」
片隅の記事を覗き込んだ
『結城財閥、教育事業に参入、柳ヶ瀬塾を買収し全国展開を図る』
「祐也さんの…家?」
問いかけは聞こえていないようだった
まさかこんな事までするとは…
「絵里お嬢様は相当 聖の事を気に入っていたからな」
不意の祐也の言葉に「えっ?」と驚いた
聖自身はまったく気が付いていなかったから
「僕は…祐也さんしか見ていなかったから…」
祐也が苦にがしくわらう
「大學内でよく聖の後を付け回してたな、友人連中は皆ウワサしてたよ」
…あぁ、今思えば彼女をよく見かけるのはそういう理由だったのか…
女将は祐也から新聞を受け取り言った
「もしアメリカに行くのなら足りない分は工面して差し上げましょう」
良く考えなさいな…と付け加えて部屋を出て行く
祐也の表情は明らかに迷っていた
「祐也さん…」
自分は家も家族も全て捨てる覚悟で駆け落ちした…だけど祐也は違う
聖の情に絆され、成り行きに近かった
聖に対する恋愛感情も確かに本物だろう…ただ、家族を捨てるつもりは無かったはず
今になってその事に気づくなんて
きっと祐也はアメリカに行く夢より、そして僕より家族を取るだろう…優しい人だから。
そんな気がする
その日の夜はとても長く感じた
「祐也さん、このお金全部で御家族を助けてあげてください」
翌朝 聖は覚悟を決めた
「聖…?」
もう十分だった、聖自身の夢はアメリカに行く事なんかじゃなかった
恋人として祐也と一緒にいたいだけだったから
自分の夢も願いも叶った…だから。
「聖…お前は?お前はどうするんだ?」
「僕は帰りません」静かに首を振る
「僕は最初から全て捨てる覚悟でした。だから僕の事を聞かれたら一人で何処かへ行ってしまったとでも言ってください」
微笑んだつもりなのに頬に涙がつたう
「落ち着いたらきっと戻って来るから」
とても嬉しかった…けど…
一度戻れば結城家の財力には適うはずがない、ご両親と一緒にひっそり暮らす以外ないはず
結城家を敵にするのは分が悪い
きっとこの場所も分かっているだろう
「ダメですよ?祐也さん 僕に関わったらほんとに潰されてしまう…祐也さんは僕の我儘に付き合ってくれただけなんだから…」
「僕は大丈夫です…だから早く帰ってあげてくださいね…」
祐也は立ち上がるとそっと聖を抱き締めた
「それなら 堂々と迎えに来れる様に説得してみせる…だから」
「すまない…」
それだけ言うと祐也は部屋を後にした
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