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第1話
「そろそろクラブでも何かイベントを?」
クーラーのほどよく効いたオフィスで、恐ろしく整った男の顔が瑞季の打つパソコン画面を覗いてくる。
その画面を両手で覆いながら、神谷瑞希 は男をキッと睨みつけた。
この男は、毎日飽きもせずやって来ては関係者以外立ち入り禁止のはずのここに入り浸っている迷惑な奴だ。
男の名は新城一昂 、瑞希にとっては天敵である。
「邪魔だ、出て行け」
瑞希が忌々しげに吐き捨てると、男は切れ長の瞳をスッと細めた。
ここは高級クラブ『Foli Douce 』
オーナーであるKINGの了承を得たものしか入れないアンダーグラウンドなSMクラブだ。
時々KINGの主催する公開SMショーや、サディストによるマゾヒストの品評会などが開催されるが、やって来るのは政界を牛耳る人物や、資産家、アスリート選手、芸能人などの大物ばかり。
そんな著名人や有名人たちはこぞってここへ通い、自分の隠し持った性癖を存分に発散させている。
その大物たちを全て支配しているのがここのオーナーである瑞希だ。
瑞希はクラブ内ではKINGと呼ばれ、絶対的支配者として君臨している。
クラブでプレイしている間はどんなサディストであろうと瑞希に逆らう事は決して許されないのだ。
ただしこの男だけは別だった。
新城一昂。
瑞希はこの男に弱味を握られてしまっている。
今思い返せばなぜあんな事をしたのか本当に後悔しかないのだが…
瑞希は以前、好きだった男の相手を堕落させるためにクラブで一番の調教師である新城をけしかけた事があった。
SMが何たるかを教えてやると言ってこのクラブに誘い出し、新城に凌辱させたのだ。
そんな卑怯なやり方に、好きだった相手が振り向いてくれるはずもなく計画は失敗。
新城は助けに来た男にしこたま殴られ顔を腫らした。
確かにあれは瑞希が悪かった。
身勝手な横恋慕で新城に怪我をさせたのは間違いなく瑞希だ。
以来新城はそれをゆすりのタネにして、これまで瑞希に対して恥ずかしい事を散々させてきている。
しかしそれを機に瑞希は新たにこの男に秘密を知られてしまったのだ。
それは今までひた隠しにしてきた性癖…瑞希の中にある被虐の質を知られてしまった事。
KINGと呼ばれ、サディストたちをも支配できる絶対的権力を持っている瑞希が、万が一マゾだなんて事が外に漏れでもしたらクラブは御仕舞いだ。
だから瑞希は仕方なく一万歩、いや百万歩譲って新城に従ってやっている。
しかし連日の卑猥な行為のせいで、瑞希の肉体は着実に変えられつつあった。
新城が触れるたびに、いや、声を聞くだけで背筋が震え、今度は何をされるのかとどこかで期待するようになってしまっているのだ。
期待?この僕が?こいつに期待だと?
瑞希は心の中で「あり得ない」と首をふると、男を精一杯睨みつけた。
「お前、いい加減真面目に仕事しないといつか痛い目にあうぞ」
嫌味のつもりで言ったのに、新城はなぜかニヤリと笑う。
「へぇ…あなたが心配をしてくれるなんて嬉しいな…他の人間にもそんな事を言ったりしてるんです?」
喜びを口にしながらも男の眼差しがギラリと光る。
この男は最近恥ずかしい事に加えて、わけのわからない嫉妬までぶつけてくるようになった。
何でもない一言に敏感に反応し、時折それを理由にめちゃくちゃにされる時もあるのだ。
「僕の顔が心配しているように見えるのか?お前頭のネジが随分緩んでるんじゃないのか」
瑞希は半ば呆れながら悪態を吐いた。
しかし男は顔色を変えるどころかますます嬉しそうに顔を綻ばせてくる。
その男ぶりのいい顔に不覚にもドキッとしてしまい、瑞希は苛々としながら呟いた。
「気持ち悪い、死ね、変態」
すると男は今度は肩を揺らしてくつくつと笑い始める。
揶揄われてるような気がして、カッとなった瑞希は声を荒げた。
「お前、暑さでやられてるんじゃないのか?!さっさと帰れ、変態作家!!」
「いいですね…もっと言って。あなたに詰られるとすごく燃える」
男はそう言うと妖しい笑みを浮かべた。
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