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第2話
新城の指先が瑞希の細い顎を妖しい手つきでなぞっていく。
些細な接触にもかかわらず、背筋をゾクゾクと何かが駆け上がっていく気配がした。
男はこうやってすぐに瑞希を官能の世界へと引きずり込もうとしてくる。
はじめの頃こそ必死になって抵抗していたが、最近では抵抗する前に蕩かされてしまう事が多くなっていた。
こんなんじゃダメだ…
毎回思うのに、回数を重ねる毎に思考と身体はバラバラに引き離されていっている。
じわじわと確実に…
瑞希はゴクリと唾を飲んだ。
視線はパソコンの画面を向いているというのに、斜め上からひしひしと視線を感じる。
新城が欲を孕んだ眼差しでこちらを見ているのだ。
頭には何の文章も文字も入ってこない。
キーボードを叩いていたはずの指は完全にストップしていた。
蕩けてしまいそうになる脳に叱咤して、瑞希は慌てて男の指を跳ね除ける。
「…やめろ…まだ仕事がある」
思い切り突っぱねたはずなのに、瑞希の声にはさっきまでの覇気が全く感じられない。
それが自分でもわかってしまい、恥ずかしくてたまらなくなった。
「それならいいアイディアが…」
新城は横からキーボードを奪うと、素早く何かを打ち込み始めた。
タイピングする滑らかな指先の動きと、隣から漂う上品でミステリアスな香り。
その香りが鼻先を掠めるだけで、今までされてきた数々の卑猥な行為が頭を駆け巡る。
この部屋のこのデスクの上で、向こうのソファの上で、窓際で、扉の前で…
仕事道具を奪われた事に対しての怒りも忘れて、瑞希は唇を噛む痛みで必死に思考を紛らわせた。
ふとタイピングの動きが止まり、新城が恭しい所作で瑞希に画面を見せてくる。
「こんなイベントなどいかがでしょう?KING」
画面の一番上に掲げられたタイトルと、その下に短く綴られた手順。
それにザッと目を通した瑞希は、自分の顔が真っ赤に染まっていくのを感じた。
「な…なんだ…これは…て…ていもう…って…」
口にするのも憚れる程恥ずかしいワードに、瑞希はモゴモゴと口籠もる。
「AVや官能小説なんかではよくあるでしょう?文字通り体毛、主に性器周辺の毛を剃るプレイのことですよ。人によって差はありますが、性器の周りに毛が生えているのが当たり前。この生えそろった陰毛を剃る、もしくは剃られることで性的な興奮を覚える…これは19世紀以降に盲腸などの手術を行う際に、看護婦が患者の陰毛を剃っていた行為に快楽を覚えた者たちから広まったともいわれています」
剃毛についての丁寧な説明とちょっとした雑学まで加えられるが、瑞希の頭には少しも入ってこない。
新城の指先が再び瑞希の輪郭をなぞり上向かせてきたからだ。
男の切れ長の双眸に捕らえられ、身動きが取れなくなる。
その眼差しは欲望を孕んだままだ。
「いかがです?きっとマンネリ化してきているゲストも気にいるはずですよ」
蕩けるような甘い声色で囁かれて瑞希は再び真っ赤になった。
「そんな恥ずかしい事…誰が…」
「おや?恥ずかしいからいいんじゃないですか?大勢のゲストの前で体毛を剃られるという屈辱的な行為…マゾが悦ばないわけがない…違いますか?瑞希」
まるで、瑞希がその屈辱的な行為で悦ぶとでも言いたげな男のセリフについカッとなって思わず言い放っていた。
「わかるわけないだろ!僕にはさっぱり理解できない」
その言葉を待っていましたといわんばかりに、新城がニヤリと笑った。
「そうですか。それじゃあ実践して差し上げましょうか」
「は?!何……っうぁ?!」
突然鼻先に何かスプレーのようなものを吹き掛けられる。
それを思いっきり吸い込んでしまった瑞希は一瞬で目眩を覚えた。
ぐらりと体勢を崩し、足元を揺らめかせた瑞希の身体を新城が当然のようにスッと支えてくる。
「あぁ、ただの催淫スプレーなのでご安心を、あなたが暴れてしまうといけないので」
新城は恐ろしい事をサラッと言うと、瑞希を抱えたまま部屋の奥へと歩きだした。
部屋の奥にはもう一つ部屋がある。
クラブと提携しているアダルトグッズ会社から送られてきたSMグッズのサンプルが置かている部屋だ。
悪い予感しかしない。
今までここに連れて来られて、どんな目にあったか思い出すだけでどうにかなってしまいそうになる。
瑞希の悪い予感は的中し、昨日届いたばかりのSM用の開股チェアの前で降ろされると、抵抗する暇もなくその椅子に拘束されてしまった。
「離せっ…変態!僕に触るな!!」
なけなしの力を振り絞って悪態をついてみるものの、次第に息が上がり四肢の力が抜けていく。
「下に鏡までついてるなんて素晴らしい。こういうタイプこそ剃毛プレイに相応しい椅子でしょうね」
新城の満足げな言葉にハッとして足元を見た。
瑞希の足は椅子の前脚につけられた拘束ベルトに、開脚された状態で拘束されている。
座面は丁度股にあたる真ん中の部分がぽっかりと空いていて、下の土台に設置された鏡の上に映るようになっていた。
今は服を着ているが、これが裸だとどんな羞恥に襲われるか…考えるだけでいてもたってもいられなくなる。
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