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第1話

 大学前から出発する電車内は、帰宅する学生で溢れている。  俺は目の前の彫りの深い男、アランが潰されないように腕を壁につきスペースを作っていた。とはいえアランは俺より身長が高いのでこれが有効な方法かは不明だ。  あと一駅で最寄駅となる。もう少しの我慢だ。 「Oh no! ショウ、大変です!」  俺の頭上で突然アランが騒ぎ出す。嫌な予感しかしない。 「どうした、アラン」 「ショウ、今日は『ガチムチ忍者雪丸』の新刊発売日でした! アニメショップへ行かないと!」 「……次降りる駅に、本屋ならあるだろう」 「No! アニメショップで買うと、禿萌助先生の書下ろしペーパー特典がつくです!」  アランの言うアニメショップなる店は、まだ数駅先のところからさらに乗り換えていかなければならない場所だ。 「今からだと帰りが遅くなるぞ」  アランは命を狙われる存在だ。できる限り、さっさと帰りたい。 「心配ないない! ショウがいたら安心安全ね!」 「俺も万能じゃないんだが」  俺がいたら安心安全。そんなことはアラン以外に言われたことがない。  心がくすぐったい。 「承知」 「Go Go~!」  そんなことを言われてしまっては、邪険にするわけにもいかない。  電車を乗り継いで向かったアニメショップは、平日の夜にもかかわらず大盛況だ。 「Wow! これ、これね! ショウ、ありました!」  アランは俺に、日本古来の忍者装束をまとった男の絵が描かれた表紙を見せてくる。 「しかし、今の忍者はこの忍者ファッションでないというのは……やっぱりね、ちょっとショックね」  アランは俺の服装をジィっと見つめ、顔とからだ全体でガッカリを表現している。 「まあ、そんな恰好をしていたら、目立つからな」  足首の絞まった黒いズボンに、上は同色のラッシュガード。それに薬局で買える使い捨てマスクをつけている。靴は足音を消すために羊皮の靴だ。 「でも、ホンモノの忍者に会えて、私本当にうれしいね」 「……早く買ってこい」 「まってショウ、せっかく来たから別のマンガも見る! おお! ブヒブヒしげる先生と肉野乙女先生の新刊、しかも初回特典シール付もあったよ!」  あれよあれよとアランの手には漫画本が積まれていく。  そんなアランはヨーロッパの小さな国の王子らしい。正直疑わしいが、よく命を狙われているし、大学生のくせに豪邸に住んでいるので本当なのだろう。  俺は任務のあと、里を逃げるように抜け出した。そんな時にこのアランの命を救ってしまって今に至る。  やることもない。だったら命を狙われる小国の王子の護衛くらいしてやろうという話だ。  とはいえまだたったの2ヵ月ほどの話だ。 「ショウ~! お待たせね!」  いったい何冊買ったのか。アランの手には大きな紙袋がぶら下がっている。 「ああ、帰るぞ」  店内の時計を見ると、21時を回っている。外が闇に包まれる時間だ。

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