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第2話

 忍者として生きるための最重要事項。それは気配に敏感であることだ。  木に止まった鳥や壁に止まった虫や地面を這う虫。生き物には精気がある。これが気配となるが、人間の気配ほど分かりやすいものはない。  特に殺意・悪意といった気配は、たとえかすかなものでも、肌で感じ取ることができる。  普通に生きている人間なら、気配に疎かろうがどうたっていいことだろう。  目の前をごきげんに歩くアランを、遠くもなく近くもない距離から見守り歩く。  瞬間。首筋をざわつかせるような殺意。それを瞬時に感じとると、神経を研ぎ澄ます。  空気に入り混じる、常人には聞こえない音を聞き取り、アランの危険を察知する。  俺は敵の気配を感じ取り、様子を伺う。自分の存在を殺し、接近する。  カチ。と、安全装置が解除される音が聞こえた一瞬で相手を首を絞め落とす。 口を塞ぎ、頸動脈を圧迫する。声を上げる暇は与えない。  完全に意識を奪い、相手の道具を回収。ぐったりと倒れこむ暗殺者を路地裏へ放置すれば任務完了だ。  他に対象が周辺にいないことを確認し、鼻歌交じりに買った本が入った紙袋を抱えて歩いているアランの下へ戻ると、ちょうど、自宅の門をくぐったところだった。 「ショウ! おかえり!」 「ただいま、アラン」  アランはいつも笑って俺におかえりと言う。それに返事をする。アランはそれを聞くと満足げに笑う。 「ショウ、大変だった?」 「別に」 「So Cool! さすが私の忍者!」  アランは買った本にかけられているビニールを剥いで、剥ぎ終えたものをテーブルに並べていく。 「しかし、殺さずに倒すとは、難しいな」 「hmmm、あまり事を大きくして国の父上に知られたくない。それに、殺してはホンマツテントウだよ?」  里を抜けてもう2ヵ月になる。その間俺は人を殺していない。本末転倒。その通り、俺は人を殺すことが嫌になって里を抜けたのだから。 「Oh~! キミの憂いたその瞳、たまらないよ!」 「おい、俺の顔に触るな。危ないだろ」  にゅ、っと顔に向かい伸びてきたアランの手を叩き落す。 「Duh……。そのきれいな瞳をもつ顔に触るなと言う方が無理だよ」 「何度も言ってるだろう。俺の唇には」 「毒がある、ね? トクシンジュツ。ショウの忍術! ダイジョーブちゃんと覚えてる。キミの毒で死ねるなら、幸せだと思うけどね」 「馬鹿なことを」  毒唇術(どくしんじゅつ)。唇から毒を出す忍術。実際には蓄えた毒を唇から出せるだけなので、忍術でもなんでもなかったりする。  しかも本当のことを言うと忍術と呼ばれるものは存在しないのだが、今はこの王子様が気に入るように解釈してもらおうと思う。 「まあ……顔以外、私の触れていないところはないケドねぇ」  アランはそう言うと俺の手を取り、指先に口づけた。  指の腹をアランの舌先が撫でると、そこから全身に重たい痺れが走る。  そのまま手を引かれる。行先は寝室だ。  人を殺す手段以外で、からだを繋げることがあるなんて知らなかったが、アランに抱かれるのは嫌いじゃない。 「俺なんかのどこがいいのか。理解できん」  嬉しいくせに、俺の口から吐き出される言葉はいつも真逆だ。 「ショウはもう少し、自分の魅力を自覚すべきだよ。私のいとしい忍者」  気が付けばもうベッドの上だ。シャツを胸までたくし上げられる。 「おい。買った本、読まなくていいのか?」 「それはあとでね。ヤボなこと言わないの」  アランは天井の電気を消すと、ベッド横のスタンドライトに明かりをつけた。

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