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第9話
一番古い記憶をさかのぼる。痛みの記憶だ。
仲間に殺されかける痛み、仲間を殺した痛み。
毒がまわり体が腫れ上がり、起き上がることすら出来ない痛み。泣いても誰も助けてくれなかった絶望。
その痛みの果てに、術を会得した俺は人間ではなくなった。
幼くて力で劣る当時の俺は、暗殺対象者に抱かれることで殺すことを成功させていた。
からだが出来てくると、体術を学びさらに人を殺す精度を上げた。
それから何も考えず、何人も、何人も殺した。
そのまま何も考えず生きていればよかったのに。
あの夜、殺すために近づいた少女と話をしてしまったのがいけなかった。
眠る少女に術をかけるため近付くと、少女の瞳が開いたのだ。
「お兄ちゃんは、私を殺すの?」
少女は穏やかに俺に尋ねた。抵抗するそぶりがないので俺はゆっくり頷く。
「嬉しい。私、ずっと死にたいって思ってたの」
少女は俺の目を見ながら続けた。
「だって、この屋敷で暮らす限り、私は人間として生きられないんだもの」
俺はただこの少女を殺せと言われただけなので、少女についての情報は何も知らない。ただ、死を目前にした少女の瞳があまりにもきれいで、引き込まれそうだった。
「それなら私はお兄ちゃんに殺されたい。そっちの方が、きっととても幸せよ。お兄ちゃんは、今幸せ?」
「そんなもの、知らない」
そう言って口づけた。少女はもがきながらも、あっけなく死んだ。
あんなに苦しそうにしていたのに、その死に顔は穏やかだった。
その少女の死骸を見ながら普通の人間として生きたいと、そんなことを思ってしまった。
これを最後にしよう。
そう思い立って里には戻らず町へ出た。
街には、俺の知らない普通の日常がそこにある。
口元を布を巻いて隠しているが、もちろんそんな人間はひとりもいない。
『少し目立つな。どこかで別の口当てを調達すべきか……ん?』
やたら彫りの深い顔の男が走っている。後ろを振り返りながら走っているので、なにかから逃げているのだろう。
『捨て置こう』
そう思い背を向けると、背後から皿が割れるような発砲音と悲鳴が聞こえた。
魔が差す、とはこういうことだろうか。
気が付けばその彫りの深い顔の男を助けていた。
発砲した男の頸動脈を絞めて、路地裏に放り投げる。
それを彫りの深い男が尻もちをついた格好で呆然と俺を見上げていた。
そんな男に背を向けて、その場から立ち去るために壁のとっかかりに足を乗せ、別の建物の非常口の入り口へ乗り移る。
「そのミのコナシ! もしや、アナタ……ニンジャでは?」
驚いた。この喋り方は外国人だったか。そんな奴がなぜ俺たち忍者の存在を知っているのか。
顔に出ていたのか、それを肯定と受け取った男はニコリと笑いかける。
「ヤハリ! モーシ遅れマシタ。ワタシはアランドューユ・ヴィスティオ。リハイン王国の第5王子です。ホントにホントに、助かりました」
「いや、別にいい。じゃあ」
その場を立ち去ろうとすると、後ろに垂れていた口当ての布の端を引っ張られた。
「チョット待ってください! ワタシ名乗った。アナタのお名前は?」
「……ショウ」
しぶしぶ男の近くへ戻り名を名乗る。
「Oh~ショウ! これは運命の恋ですね」
この男は頭がいかれているのか。俺の手を掴んでそう言った。
「ワタシ、ニンジャ大好き。強い、カッコイイ、Amazing。ショウ、ワタシ守ってくれた。ワタシひと目で恋に落ちたね」
「俺はもう忍者じゃない。辞めたんだ。お前を助けたのも、たまたまだ」
「どうして? ニンジャ、カッコイイ。どうしてやめますか?」
しつこい男だ。そして意外と握力があり、掴まれた手を離せない。
「もう、人を殺すことに疲れたんだ」
諦め。その一言に尽きる。
俺はつい今しがた、忍者を辞めたと男に伝えた。
「Uh-huh、それ知ってる、ヌケニンってやつね! ショウ、ワタシの家に来る。そしたら、そんなことしなくていい」
確かに、俺は抜け忍だ。帰る里もない。こいつの家にやっかいになれるのなら、ありがたい。
「しかし、もしかすると俺は追われるかもしれない。危ないぞ」
「ワタシも狙われてる。ショウ、守る、ワタシも。OK?」
なんだか言いくるめられたような気がしなくもないが、俺は男の誘いに乗り、ついて行くことにした。
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