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第8話
ひやりとした空気が顔に当たり目が覚めた。
寝入った時と全く同じ体勢で、寝返りひとつ打たなかったようだ。
繋がったままの手を離そうと起き上がる。
「う、ん?」
手を離すと、手が繋いていた形で固まっていた。
「嘘だろ……」
「んん……どーしましたショウ」
「アラン、手」
「Oh! ショウ~手が、カコカコです~」
「寝た後、全く動いてなかったみたいだな」
互いの、何かを鷲掴んでいるような形で固まった手を眺めながらアランが吹き出した。
それに釣られて俺も笑った。
「朝食はどうしましょう」
「料理長、今日はいないのか?」
「昨夜お休みを取ってもらいました」
「じゃあ、外でパンかなんか買ってくるぞ?」
「No、それなら私が作ります!」
「……作れるのか? それなら俺がなにか」
「ふっふっ、私にできないことはナイ!」
なんだろう。不安しかない。
そもそも王子とかいう人種は料理できるのか?
「手伝うぞ?」
「No、No、No、お姫様は座っていてください」
お姫様。そう言って俺を椅子に座らせ、膝を折るアランは気持ち悪い。
しばらく待つと「お待たせしました!」とアランが食事を運んできた。
目の前に出された料理は完璧な見た目をしていた。
パンとクリームスープ、目玉焼きと付け合せのレタスとトマト。
「いただきます」
ニンジンやとうもろこし、ウインナーが浮かんだスープをマスクの下をずらして口に運ぶ。そして咀嚼。
「どーですか?! 美味しいですか?!」
期待に満ちた顔でアランは俺に味の感想を求めてくる。
「主に、素材の味がする」
「What? 素材?」
「ニンジン、とうもろこし、ウインナー。そして牛乳の味がする」
アランは解せぬ顔をすると、自分の前に置いたスープを口に運んだ。
「Eww! 味ナイ! 味ナシ味!」
「そんな吐きそうな顔するな。まだ鍋にスープは残ってるのか?」
「まだ……たくさんあるです」
「ちょっと待ってろ」
取りあえず目の前のスープだけ台所へ引き下げる。
コンロの上にはまだあと一食分のスープが鍋の中に残っていた。恐らく昼にも食べれるように作ったのだろう。
そして使い切った牛乳パックも放置されてある。
冷蔵庫をあさると顆粒のコンソメスープの素があった。
それとコショウで適当に味をつける。味見をすると、さっきの牛乳味よりはおかずになるスープになった。
「少しは、マシになったと思う」
アランの前に味をつけたスープを置く。
先ほどの味が相当お気に召さなかったらしいアランは、嫌そうな顔をしながらスープに口をつけた。
「Oh……ショウ何の忍術使ったですか? ちゃんとスープです! 味あります!」
「お前意外と失礼だな。たぶんさっきのが味がなかったから、そう感じるだけだ」
「私、さっきシチュー作ろうした。なぜならない?」
「どうせ牛乳で野菜とウインナーを煮詰めただけだろう」
「シチューそれでできない?」
「シチューの作り方は知らんが、牛乳だけで味が出るとは思えん。まあ、さっきのも食えんよりマシだ」
「くえん?」
「食べれない、という意味だ。昔、食べものを与えられなかった時があったんだ。あの時はとにかく飢えをしのぐために口に入れられるものなら何でも食べ……なに泣いてるんだ、アラン」
ぎょっとした。ポトポトとアランの目から涙が落ちている。
「私、もうショウを飢えさせません。美味しいもの、たくさん一緒に食べましょう」
えぐえぐと声を上げながら紙ナプキンで鼻をかむ。
もう思い出すことも少なくなった、毒唇術会得のために死んだ仲間たち。
わずかな食糧を奪い合い、仲間すら殺して食べた奴らもいる。
術なんか会得せず、あのとき飢えて死んだ方が幸せだったかもしれない。
「ここの料理長の料理はおいしいし、いつも腹いっぱい食わせてもらってる。だから泣くな。早く食おう」
「はひぃ~」
アランはズビズビと鼻を鳴らし、食事をすすめた。
「それでも……俺は今、生きてて嬉しいと感じるよ」
「何か言った?」
「いや、何も」
俺もマスクの下をずらしてスープを口に運んだ。
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