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第7話
「ただいま、アラン」
「ショウ、おかえ……あれ、マスクは? この前のとくちびるの色違うよ? なんで?」
「薬局、行っていいか?」
俺はずるい男だ。質問には答えない。
「ウン」
薬局でマスクを仕入れる。口元が隠れると落ち着く。
無言で家までの道をふたりで歩いた。
家に帰り着くと、俺の部屋としてあてがわれている客室に備え付けられた風呂場で汗を流す。
頭から水をかぶる。
この罪悪感も、俺自身も、全てこの水のように流れてしまえばいいのにと思いながら、渦を巻く排水溝を眺めた。
風呂から出ると、アランも自分用の風呂に入っていたらしい。赤茶色の髪がほんの少しだけ湿っていた。
「ショウ」
腕を引かれると、アランの胸元にすっぽりと収まる。
抱きしめられると密着した部分から体温が伝わりあたたかい。
「ねえ……ショウ、どうした?」
どくん、どくんとアランの鼓動と俺自身の鼓動が重なって聞こえる。それに被さるように、アランの優しい声音が鼓膜を揺さぶる。
「どうも、しない」
「ウソ。ショウ、顔色良くなった、安心。でも、悲しい顔してるね」
不思議だ。アランに背中を撫でられるだけで、さっきまでの刺々しい気持ちが落ち着く。
「本当に、お前はなんでも気がつくんだな」
「エエ、ワタシはショウが大好きなので」
顔は見えない。でもアランはきっといつもの優しい顔で微笑んでいるんだろう。
「殺してきた。術を使ったんだ」
今更だ。何人も今までこの忌々しい術で殺してきて。今更なのに途端、懺悔したくなる。
「俺なんか、生きる価値もない」
「ナニ言ってる」
「毒を、使った。里の友を殺したんだ」
「でも、ヤムヲエナイだった。違う?」
からだの中にアランの声が響く。
「私その人知らない。でも、ショウの友人きっといい人ね」
肩を掴まれ、視線を合わせる。
「でもね、私は今、ショウが生きてる。それが嬉しい」
まるでハチミツの入った壺にでも突き落とされたように、どろりとした優しさだ。
「ショウ、ナニしてもいい。ワタシのために生きて?」
「里の人間を殺した。追手が、来るかもしれない」
ガンは俺に里へ帰れと言っていた。俺を追って里の人間が襲ってくるかもしれない。
そうすると、俺よりもアランに危険が及ぶ可能性もある。
「ダイジョーブよ」
「お前を巻き込みたくないんだ!」
「今まで私が巻き込んでる。あとね、そう思うならショウが守ってくれたらイイ。いつもと同じよ」
「俺なんか、生きる価値もないのに」
「ナニ言ってる。ワタシ、ショウが生きててくれる。それでいい。」
「ショウ、きて」
アランの寝室へ手を引かれる。
いつものように、服を脱ごうとするとその手を止められる。
「Non、そのままで、脱がない……」
「アラン?」
「このまま、寝ましょう。明日は学校もサボリます」
「なんで……?」
「ショウ、私はアナタが大好き。好きだから、アナタとひとつになるしたい」
抱きしめられて柔らかなベッドにからだが沈む。
「でもそれじゃショウにはワタシの愛、伝わらない」
肩から腕へアランの手が滑る。
「ワタシがショウをどれだけ愛してるか、ゆっくり教えるネ」
そのまま手のひらが触れ合い、指と指が絡み合った。
「でも、今日はショウ疲れてる。だから一緒に寝るする」
俺にとって、相手にからだを触れられるときは、相手を殺す残酷な瞬間だった。
なのに今、アランと密着しているからだと手が熱い。
マメだらけの俺の手と違って、アランの手のひらはつるりとしている。その些細な違いも、いとおしい。
もう、答えは出ているはずなのに、それを認めることが怖い。
まるで、俺が俺でなくなるような。
「ショウ、怖い? 怯えた目をしてる」
青灰色の目が俺を見つめる。
「怯えてなんか、ない」
「ダイジョーブ。幸せなること、とてもいいこと。幸せなる恐れてはダメ」
重なっていた指と指が絡み合う。
「ワタシがショウを幸せする……もう遅いね、寝ましょう」
すぐにアランの寝息が聞こえた。
その寝息に誘われて、俺もウトウトと意識が遠くなる。
安心感。こんな眠りも、アランと過ごすようになって知った。
それでも、今はまだこの気持ちを認めたくない。
それを認めてしまうと、死ぬことに対して未練が出てしまうから。
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