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第6話

 ついこの間までの暑かった空気は、冷たく乾いたものになっていた。そして、12月になったとたん、街は色とりどりの明かりに包まれる。  あの日から、アランは俺の体を気遣ってか、食事に気を使うようになった。  あれは食事に気をつけて直るものではないのだが、これ以上気遣われるのは申し訳ないので黙っている。 「アラン、止まれ」 「What?」  俺は歩いていたアランを制止し、前に出る。  人差し指を前に突き出すと、指先にピリっとした刺激が走った。  指先を見ると一筋赤い線が入り、ぷつぷつと血があふれ出す。  一瞬きらりと何かが街灯に照らされた。細い糸だ。それが横切るように視界の前を通り、消えた。 「すぐに戻る」  俺はアランにそれだけ伝えると糸が消えた方へ向かった。  飲食店が入ったテナントビルが立ち並ぶ裏手に、男がいた。  俺と同じような、全身黒い服装の、見覚えのある男。同じ里の忍者だ。 「久しぶりだな、ショウ」 「あの糸、お前だと思ったよ。久しぶりだな、ガン」  同じ里で同じ時期に育てられたガンという男だ。 「里にも、あいつを始末するよう依頼がきたのか? あいつを狙っているのは誰だ。なぜ狙われている?」 「一緒にいた外人、狙われてんのか? まぁいい。今回は依頼じゃない。お前だ、ショウ」 「俺、だと?」 「ああ。里長からの命令だ。ショウ、里に帰ってこい」 「断る。ガン、里長に俺は帰らんと伝えろ」  俺の返事を聞いたガンが深いため息をつく。 「……なあショウ。少し思い出話に付き合わないか?」  ガンからほんの少し放たれていた殺気が消えた。  ビルの裏手から、さらに人目のない屋上へ移動するガンについて行く。  屋上からは人が行き交う姿が見える。みんなまっすぐ前を向いているか下を向いているかだ。  ガンが何かを話し出したが、まずはアランの位置の確認をする。  アランの姿を確認するとスマホをいじっていた。また漫画でも読んでいるのだろう。 「俺とお前と、あと何十人かいたな。俺だけが糸術で、お前と他のやつは毒唇術の訓練を受けたな」 「そうだったな」 「何人もいたのに、毒唇術を会得できたのは、お前だけだった」 「俺以外みんな死んだ。あんなの、術の訓練じゃない。里の殺戮だ」 「でもお前はその術を会得し、それで何人も殺したじゃないか」 「俺にはそれしかなかったからな」 「今は違うのか?」 「そうだ、違う。今は俺の意志で守りたい奴がいる」 「あの外人か?」 「ああ」 「そんなに、あの外人はいい奴なのか? それで里の術を外で勝手に使うなんて、悪い奴だ」 「術は使ってない。体術だけだ。俺は、人間として、あいつを守りたいんだ」 「術で、殺してないのか?」  頷いてみせると、ガンの糸が俺の耳にかかっているマスクのゴムを断ち切った。 「お前、その唇の色は……術返しか?」 「言っただろう。俺は人間として、あいつを守って死ぬ」  ガンの顔が歪む。 「命がけってことか。だが俺もな、命がけでここにいるんだよ。里に戻れ、ショウ」 「断る……ッ!」  殺気が肌に痛いほど感じた瞬間、俺へめがけてガンの殺意を持った糸が襲ってくる。  とっさのことだった。俺はガンの懐へ入り込む。何千何回とやってきた動きだ。このままガンの唇を奪えばいい。でもそれは、ガンを殺すことになる。コンマ数秒、躊躇した。  動きが止まった俺をみて、ガンは笑っていた。  そのまま、ガンの顔が近づいたと思えば、俺の唇とガンの唇が密着した。  俺の毒が、ガンの口腔内を通じてどんどん送り込まれていく。  俺の後頭部にガンの手が添えられている。  唇を離そうとするが、俺の頭を掴み、唇が離れないようにしていた。  ガンの舌が口の中に入り込む。  この口付けのやり方は、昔まだ俺が術を会得したばかりの小さなころ暗殺で使っていた方法の口づけだ。  少しも抵抗しなかった。それどころか、  俺の後頭部を掴んでいた手がずるりと落ちる。  慌てて唇を離すためにガンを突き飛ばすと、ガンはその場に崩れ落ちた。 「あ……おい、ガン」  ガンは痙攣を繰り返しながら、俺の足にすがる。 「お前の毒、痛ぇんだな。ショウ、お前いつもこんな痛みに、耐えてるんだなぁ」 「ガン、おいガン! なんで抵抗しなかったんだ」 「お前のことが、ずっと好きだった」 「何、馬鹿なこと言ってんだよ。こんな時に冗談はよせ。俺の毒は」 「知ってる。解毒剤、無いんだろ」 「だったら、なんで」 「言ったろ、命がけだって。里の奴らは、何をしてでも、お前を里に、戻したいらしい」 「そう、なのか」 「ああ、よかった。お前今顔色よくなってるぞ。でも、悔しいな。俺はお前に、あんなに優しい顔、させてやることが出来ないんだから」  ガンが何度も咳き込みながら血を吐いた。 「頼むよ、ショウ。何をしてでも、生きていてくれ。俺はお前に生きててほしい」 「ガン、おい……ガン!」  もうガンは動かなくなっていた。 「なんでお前が死ぬんだ。死ぬのは俺でいいのに」  時期に里の奴らがガンを回収しに来るだろう。  動かなくなったガンを目立たないところへ運ぶ。急いでその場を離れると、アランのもとへ向かった。

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