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第5話

「今日は平和でしたね」 「は?」 「だって、ずっとショウが側にいた。だから平和」  確かに。今日は襲撃者もいなかった。なにも考えてないかと思っていたが、一応ちゃんとした危機管理能力もあるみたいだ。 「ああ、そうだな……ッ!」  急に視界がゆがみ、とてもじゃないが立っていられなくなり、俺は近くの壁にもたれかかった。 「ショウ、どうした? 具合悪いのか?」  体の内側から得体の知れないものが食い破ってくるような痛みが襲ってくる。 「少し、立ちくらみがしただけだ。問題ない」  壁を伝うように洗面所へ向かう。  隠しポケットから袋を取り出し、中から真っ黒な丸い薬を取り出す。術を会得した時から毎日摂取する薬だ。  口元を覆っているマスクを毟り取り、その薬を口に含む。奥歯で噛み砕き、唾液で体の中へ落とし込めば口の中に広がる痺れとともに痛みが引いていく。  壁に体を預けてどうにか倒れないように踏ん張るが、しばらくは力が入らないだろう。 『もう里を抜けて3ヶ月か』  日増しにからだを襲う痛みが酷くなっている気がする。でも、あのときよりはマシだ。  俺がはじめて毒を喰らった日。  ぼんやりと鏡を見つめると、顔色が悪く、やたらと唇の色が赤い。  その唇はまるで、毒蛙の持つ危険色だ。自分のからだでありながら、気味が悪い。  しばらくじっとしていると、少しずつ体に自由が戻ってくる感覚に安心する。  視線を感じ振り返ると、そこにはアランがいた。  アランの気配にすら気づけないほど体に影響が出ているのかと思うと、奥歯を噛みしめた。 「ショウ、キミの顔、見なければよかったよ」  慌てて右腕で口元を隠すが、もう遅かった。 「そりゃ、お世辞にもいい顔はしてないからな」 「No。ショウの顔、とても美しい。とくにその真っ赤なくちびる。そんなに美しい顔を見てしまったら、私、ショウの顔に触れられないこと、Kissできないことがとてもつらい」  口元を押さえていない左手にアランは口を寄せる。顔に熱が集まった。 「何を、言ってるんだ。こんな俺なんか、気持ち悪いだけだろう」 「ショウこそ何を言ってる? ショウの美しさは国も買えるね」 「そんなこと言うのは、お前くらいだ」 「それは好都合ね。私ショウを独り占めできる」  唇を寄せられた左手の薬指に舌が這う。コクリと喉が鳴ると、そのまま指を噛みつかれた。  ちりっとした痛みとともに臀部がぞくりと震える。 「ショウ、マスクがないと表情がよく見えてイイね」 「ア、ラン……」  服の中にアランの手が滑り込み、肌を撫でる。  顔を覗き込むアランと目が合うと、肌を撫でていた手が止まった。 「Sorry……ショウ、とても具合が悪そう。ムリさせちゃダメね」  肌に触れていたぬくもりが去ると、アランは俺を横抱きに抱えた。 「お、おいっ!」  アランは俺を抱きかかえたまま寝室へ向かい、俺をベッドの上にゆっくりと降ろした。 「今日の夕飯はシェフにリゾットを作ってもらいましょう。それまでショウはここで休んで」 「……ありがとう」  ドアが閉まると、静かな室内で天井を見ていた。  俺にとってこの痛みは、人間として生きている証しだ。 「どうしてこんなに辛いんだ」  あんなに嬉しいことだったのに、アランの悲しそうな顔を見ると罪悪感とともに辛いと感じてしまう。  一瞬鼻の奥がツンとしたが、俺らしくないと天井の一点を睨み付けることでやり過ごした。

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