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梅雨の君 1

 深夜の取り留めもない番組を流し見しながら、さり気なく背後の気配に神経を尖らせている。室内を重厚なモーターの音が満たしていて、あまり物音が耳に届かない。深夜で人気もなく、窓ガラスはじっとりと結露して過剰に潤っている。殆ど音が聞こえないテレビと、洗濯機のガラス窓の中で回り続ける洗濯物とを交互に視線の置きどころとする。俺は年中このコインランドリーの常連だが、この雨の多い時期は洗濯物を乾かす為に更に常連が増える。梅雨の時期限定の常連がいるということだ。  灰色なのかベージュなのか、何とも言えない色の作業着に、靴先の革の剥げた安全靴。いつも上着の下は黒いTシャツで、首にかけたタオルは紺色。白髪混じりの黒髪を適当に後ろで流していて、帽子を被っているのか頭にタオルを巻いているのか、少しヘアスタイルが潰れている。整えたあごひげが結構格好いい。    毎週水曜日と土曜日の夜中十二時頃、この人はここへやって来る。洗濯物を乾燥機に入れると、待ち時間を本棚に置かれた適当な漫画を読みながら潰している。ランドリー内の一番奥の簡素なソファに深く座り込んで、いつも飲んでいるのはカップ売りの温かいミルクティー。五月の末頃に現れて梅雨が終わる時期まで毎週洗濯物を乾かしに来る。  まだ話したことはない。俺はこのコインランドリーに通い始めて三年目になる。就職してこの街に住み着いてからやっと三年経った。この人が何年前からここへ通っているのかは分からない。通い始めて二年目でようやくこの人が梅雨限定の常連なのだということを知った。 何故この草臥れた年上の男が気になるのかは分からない。けれど、深夜の閉鎖空間に無言のまま彼と二人きりで過ごす、乾燥待ちのこの些細な時間が俺にはひどく安堵するものだった。 他の常連客とでは味わったことの無い穏やかで安らいだ時間だ。他の客は所詮他人同士でなんの繋がりもなく、お互い名前も知らない。多少顔を見知った程度で、殆どの常連客とは近所のコンビニですれ違ったとしても挨拶などしない。それが当たり前なのだ。  ここは不思議な空間だ。皆ここに洗濯というやるべき目的を持ってくる。そして共同でその作業をこなしていく。けれどその目的に集中してしまうのか、面白いほどに馴れ合うことはほとんど無い。黙々と機械の運転の終了を待ち、仕上がった服を回収するとここから抜け出すように去っていく。 だというのに俺は、梅雨の常連との静かな待ち時間を叶えるために、密かに彼の通いのパターンを探りわざわざ合わせている。彼がそのことに気付いているのかは分からない。互いに特にアクションは起こすこともなく、今夜もただそれぞれが時間を潰している。

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