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第11話 白と悪
あさみさんに盛大な嘘をついてしまった涼太は、あれからあさみさんに言い寄られる事は無くなっていた。(正確には俺が吐いた嘘なんだけど)
それどころか、あさみさんは涼太に言い寄ってくる客や、バイトの女の子達を牽制してくれるという、今や俺の強い味方となってくれている。
もちろん、涼太がゲイ(もちろん俺の嘘)だという事もバラしたりしないと誓ってくれた。
それと引き換えにあさみさんに要求された事があるのだが・・・
今、俺達は、そのあさみさんの要求というものに、ひどく困惑している。
それが俺達の目の前に置かれた、その名も「童貞を殺す服」とやら。
これを着用の上、いちゃこいて、その証拠写真をあさみさんに提供する。
無謀極まりない要求だ・・・
正直、俺にとってはこの上ないチャンス。
涼太にとっては・・・男として最大の屈辱。
「これ、マジで服なのかよ、いくらニットでも、防寒力ゼロだろ・・・」
ニット素材の白のタートルネックだが、袖も背中を覆う部分もないワンピースの様な服を、つまみ上げてまじまじと観察しながら、涼太はため息をつく。
そりゃ、嫌だよな・・・
俺はこの服を着た涼太、心底見たかったけど。
しょうがねえ。あさみさんには謝り倒して、明日返そ・・・
「着るか」
童貞殺しを引きずって、自分の寝室に入る涼太。
え?ええ~?え?いいの?涼太いいの、ほんとに?
「おい、青、これ、パンツ丸見えなんだけど」
涼太がドアの隙間から顔だけひょこっと覗かせる。やっべえ、くっっそかわ!くっっっそかわ!
「ああ、どうやらパンツは履かないらしいぞ」
「・・・マジかよ・・・狂気の沙汰だな、これ」
ごめん、涼太、多分パンツは脱がなくていいと思う。多分だけど。でも、どうせならノーパンで!男のロマンで!
よしよし、ゴソゴソとドアに隠れてパンツを脱いでいるもよう。
「コレは俺の意思じゃねえ、それを忘れんなよ。あと、先にゆっとく。100パー引くから覚悟しとけ」
ごめん、涼太。期待しかないわ。
ニットが上がってこないように、前と後ろの裾をおさえて、ドアのかげから青ざめた顔で涼太が出てくる。
神様仏様あさみ様~!ありがとうございます!俺は童貞じゃないけど、この服を着た涼太になら殺されても構いません!マジ天使かよ!生きててよかった!
「じゃあ、撮るか」
ソファに座るよう涼太に促し、その隣に腰を下ろして座る。
涼太の肩に手を回して撮った写真をあさみさんに送信・・・っと。
ピコンと速攻でメッセージが返ってくる。
「20点、なめてんのか!」
さすがにこれじゃ納得しないか。
「涼太、ごめん、キスくらいしねえとダメそう」
「・・・わかった」
よし、キスゲット!
「・・・っ」
今度はキス写真を送信・・・っと。
ピコン
「50点、これが限界?」
これがいわゆる腐女子ってやつなのか。キスでも納得しねえ。萌えどころがわかんねえ。
ピコン
「キスの背景がソファでは承認できません、移動するべし」
・・・という事は、ベッドで、ってこと?
少しの沈黙のあとに、涼太が口を開く。
「おまえのベッドの方が広いから、そっち行くぞ」
涼太、なんて男らしい子!
ソファから立ち上がった涼太の後ろ姿に思わず目を見張る。真っ白い背中に浮き上がった肩甲骨、背骨のライン、下の方に視線を下げると・・・形のいいきゅっとした臀部の間に誘うような、割れ目・・・
やべえ、理性が・・・
スタスタと歩いて俺の寝室に入る涼太に、前屈みでついて行く俺。うう、情けねえ。涼太に気付かれないようにしねえと・・・
ベッドに遠慮がちに腰かける涼太。
俺のベッドに涼太が・・・想像よりも破壊力が凄まじいな、これ。
とりあえず、早くあさみさんを納得させなければ、また涼太に何かしでかしてしまいそうだ。
涼太を仰向けで寝かせて覆いかぶさるようにキスをした写真を送信する。
ピコン
「90点、とりあえず及第点とします♡尊い写真ありがとうございますぅぅぅ♡」
はあああ~、よかった~。
「おい、てめえ、なんでまた勃ってんだよ、変態」
「う・・・」
気づかれた。
ベッドから降りて涼太が立ち去ろうと、背を向けながら、言う。
「なんで、いちいちオレで勃つんだよ、おまえ、マジでゲイなんじゃねえの?」
「違う!俺は涼太がっ・・・」
俺はドアノブに手をかけた涼太を、咄嗟にドアについた両手で背後から囲っていた。
「ビックリすんじゃねえか、いきなり。オレがなんだよ?」
「っ、俺がっ、涼太を・・・もし、好き・・・だって言ったら、どう・・・する?」
「はあ?ふざけんのもたいがいにしろよ。男が男を好きとか、ありえねえだろ」
涼太。
涼太にはありえねえ事でも、俺が自分をどれだけ抑えようと思っても、どうにもなんねえ感情があるって、おまえは本当に微塵も気付いてないのかよ。
人を好きになるってこんなに苦しいのか・・・
こんなに苦しいなら、この関係もいっそ
壊れれば、いい。
涼太の両手を片手で纏めてドアに押し付け、もう片方の腕で後ろから腰を抱くようにつかまえて、剥き出しになっている白い背中に舌を這わせた。
「うあっ、またかよ、それっ」
涼太は抵抗しようとするが腕も体も、拘束されていているために、上手く身動きが取れていない。
美しく浮き出た肩甲骨に、ガリッと歯を立てると、ビクンっと体が跳ねた。
「いってぇ!青、いいかげんにしろよ、この前といい、俺の体、傷だらけになんだろ!」
「傷だらけになればいい。俺がつける傷で埋めつくしてやるよ、涼太」
「やめろってっ、ぐっ、マジでいてえ!」
今度は肩に噛み付く。
痛みに歪む涼太の横顔が俺の汚い感情を増幅させる。
「悪ふざけしてんなよ、もうやめろ、青」
「こういう時の、やめろは、もっと、だって教えたよな?」
首周りを覆うニットを引き、現れた白い項にも噛み跡を付ける。その上から強く吸うと、痛みだけではない感覚に、涼太の吐息が漏れた。
「ちがっ、今のはそういうんじゃねえ!」
涼太が白い肌を真っ赤に染めて、漏れた吐息を否定するが、俺はそれを認めるつもりはない。
俺の中の悪と欲が溢れ出して、この部屋の空気ごと飲み込もうとしていた。
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