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第139話 棘 3

上海を発って3時間半。 飛行機はもうすぐ日本に着いてしまう。 「涼太さん、もう一度だけ確認します。俺に望みは一欠片もない?」 隣の座席に座るタケルがオレの手を握り、下を向いたまま聞いてくる。 どう、答えるのが正解なんだろう。 この二年、タケルに寄りかかってしまいそうになったことも何度かあるのは確かだ。 「タケル・・・」 「飛行機降りたら返事、聞かせてください」 この手を握り返したら、ずっと胸に突き刺さっている青への気持ちも消えて無くなってくれるんだろうか。 はあ、ついに日本に着いちゃったな。 嬉しいような、なんだか不安なような・・・。 全ての審査と検査をパスして、荷物を引き摺りながら到着ロビーに出る。 ・・・タケルに返事しなきゃだよな・・・。 「タケル、オレ・・・」 ふと、ロビーの人混みの中にいる、見覚えのあるシルエットが視界の端に映る。 え・・・。 人混みの中で、嫌でも目に入ってしまう姿。 自分の心臓の音が、耳の奥で大きく響く。 同時に二年前の痛みを思い出し、胸に何かが無数に突き刺さっている感覚に襲われる。 そんなはずない。いるわけない。 例え、これが見間違いじゃなかったとしても、オレを待ってるわけがない。 動けずにいるオレの方に近付いてくるその姿から目を逸らし、やり過ごそうとした。 少しずつ距離が縮まり、オレの前で立ち止まった影に、オレは顔を上げることができない。 「涼太」 嘘だろ・・・。なんで・・・ オレの名前を呼ぶ懐かしい声に、無意識に手が震える。 「涼太さん、返事、今聞かせてください」 震えた手を、タケルにぎゅっと握られて、タケルの顔を見ると、オレの前に立っているその相手をじっと見据えていた。 「タケル、なんで・・・」 「俺が、のぞむさんに頼んで連絡してもらいました。まさか、本当に来るなんて思ってませんでしたけど」 なんでだよ、タケル。 オレはもう、期待なんかしたくない。会いたくなんてない。あの時に戻りたくなんてない。 「涼太」 タケルに握られていない方の手を、大きくて懐かしい体温にそっと包み込まれる。 もうオレの名前なんて呼んで欲しくない。触れて欲しくなんかない。 オレは、もうこの手を求めちゃいけない。 顔を、見たらダメだ。絶対に・・・ 期待すんな、自分に強く言い聞かせる。 喉の奥から、もう二度と呼ぶことはないと思っていた名前が勝手に零れてくる。 「・・・青」 ダメだ、見るな。目を合わせんな。 そう思ってるのに・・・ 目がその顔を捉えてしまう。 ・・・本当に、青、だ。 二年前より髪は短くなっていて、でも変わらない強気な眼差し、すっと伸びた鼻筋、かたちの整った唇、輪郭。 「涼太、来い」 ・・・相変わらず、自分勝手な事言うんだな。 オレに飽きたんだろ。もうオレはいらないんだろ。オレは、この一歩を踏み出しちゃいけない。 だけど・・・ 「タケル、ごめん」 タケルの手がスルッと離れて、オレは青の方へ一歩踏み出していた。 その瞬間に、青の腕に包み込まれて息が止まりそうなくらい胸が締め付けられた。 「涼太。逢いたかった」 なんで・・・?なんでそんな事・・・。 青に聞きたいことが、言いたいことが溢れそうになる。でも、言葉にしてしまうと苦しくて涙が出そうだ。 オレは、溢れ出そうになる想いをぐっと飲み込んで、ただ目を閉じ青の腕の強さを体で感じていた。

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