146 / 210

第147話 目と鼻の先 1

「涼太、俺先出るからな」 「うん。いってら」 自分の出勤時間より青の方が早いなんて、なんかまだ慣れねーな。 「・・・オイ。いってらっしゃいのキスは?」 「ハイハイ。ほんと飽きねーな毎日ちゅっちゅっちゅっちゅっ」 玄関で待つ青に軽く口付けると、満足そうな顔でドアを開け出ていく。 オレもそろそろ着替えよ。 会社が、マンションを出て徒歩5分ほどの場所にあるため、店舗で働いていた時に比べて通勤時間が大幅に短縮された。 青がオレの事を考えてここを借りたのだと分かって、なんだか幸せな気持ちになる。 オレが上海から帰ってきて、青の所に戻らないという事は考えなかったのだろうか・・・。 幸せな気持ちと同時に、うっすらとした恐怖を覚える。 恋は盲目、と言うが、まさに青にぴったりな言葉だと思う。その矛先が自分だという事にくすぐったいような、幸せのような、恐ろしいような・・・ 出勤して自分のデスクの上のパソコンを開く。 「涼太、おはよ」 「おはようございます。佐々木さん」 「もー。佐々木さんじゃなくて、雄大さんって呼んでくれよ。さみしいな」 声を掛けてきたのは、企画部の先輩の佐々木 雄大さん。オレより4つ年上で、モデル並みの体型に塩テイスト顔のイケメン。仕事もできる、いわゆる企画部のエース。 「はあ。すいません、雄大さん。でも佐々木さんの方が短いし呼びやすいんですけうっ」 話している途中で佐々木さん、もとい雄大さんの人差し指で唇を塞がれる。 「ブー。次、佐々木さんって呼んだら、指じゃなくて唇で塞いじゃうぞ。・・・なーんつって」 冗談なんだろーけど、オレの周りの変人たちを思い出すと、雄大さんの言葉が冗談に聞こえない・・・。 「あ、そーだ。今日俺と一緒に外回りな。3店舗まわって客層チェックとスタッフの着こなしチェックと指導」 「はい」 「涼太の古巣も行くぞ。久しぶりだろ?」 「そうですね。上海から帰ってきて一度も行ってないんで、2年以上ぶりです」 久しぶりに店長やあさみさんの顔見れるんだ。なんかちょっと楽しみだな。 ・・・そういやタケル、空港であんな風に別れてから一回も会ってない。 「じゃ、10分後出発。おけ?」 「はい」 雄大さんの運転で、本社から遠い距離の店舗からまわる事になった。 2店舗チェックと指導を終えた所で遅めの昼食をとり、3店舗目、オレが配属されていた店舗へと向かう。 「こんなん、企画部の仕事じゃ無いよな。マーケティングのヤツらにやらせりゃいいのに」 雄大さんがタバコに火を点けながら言う。 「そーすね。まあ、でも客層見とけば次の企画の案、固めやすいじゃないですか」 「涼太、意外にマジメだよな。そんなとこも俺、お気に入りだわ~。さすが、高卒でもここまで上がってきただけの事はあるな」 「ありがとうございます。意外は余計ですけど」 「マジ生意気~!かっわいい~」 ・・・なんだろう。バカにされてる気分・・・ 「よし、ここで最後だな。気合い入れて指導してやるか!」 車を降りて、店の中へ入る。 なんか懐かしいな。 相変わらず、ここの客層は若い。メンズ商品の売上が良かったのも変わってなさそうだな。 「涼太・・・?」 客層チェックをしていた所に声を掛けられて振り返る。 「え・・・瀬戸?」 オレの高校時代の黒歴史と、青に掘られてるクソ惨めな姿を知っている瀬戸だ。 「本部からチェックに来るって聞いてたけど、涼太だったのかよ」 「お前、大学卒業したんじゃねぇの?まだバイトしてたのか」 「違ぇよ。就職したんだよ!社員だよ社員!」 ええ~・・・。やだな~・・・。瀬戸と同じ会社とか。 「涼太。知り合いと出会ったのか?」 店舗内の違う場所でチェックをしていた雄大さんが、オレたちの間に入ってくる。 「お疲れ様です!社員の瀬戸です!よろしくお願いします!」 瀬戸が雄大さんに体育会系の挨拶をかます。 「お疲れ様です。企画部の佐々木です。よろしく。・・・瀬戸くんは、ガタイがいいね。カジュアル路線もいいけど、スポーティなアイテムも似合うんじゃないかな?」 「はい!ありがとうございます!」 雄大さんに軽く指導を受けて、ガチガチに緊張しながら業務に戻る瀬戸。 「じゃあ次は・・・あの子かな?」 雄大さんの指差す先、・・・タケルだ。

ともだちにシェアしよう!