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第197話 特別 2

雄大さんは、セクハラしない、という言葉通りに、ただ焼肉を奢ってくれて、ただオレの話を聞いてくれただけだった。 なんか、調子狂うな。オレが玉潰すって言ったのが効いてたか? マンションの部屋の前で挨拶をして別れる。 「涼太」 お互いに自分の部屋のドアを開けたのと同時に雄大さんの声。 「はい?」 「お前はさ、見た目の割には鈍くて酷いやつだよな」 ええ?別れ際に悪口かよ。 「だけど、結構いい子ちゃんだったりする」 は?なに?雄大さんなりのツンデレ? 「家と青くん、どちらか選べないのはお前がいい子ちゃんだからだ。でもな、もっとわがままにならないと、本当に欲しいものは手に入らなくなるぞ」 「わがまま、ですか?」 「・・・何言ってんだろうな、俺。・・・らしくないわ、アホらし。じゃあな、お疲れ」 「お疲れ様です」 ・・・なんだったんだ。 その日から、青の帰りが遅くなった。仕事が忙しくなったらしい。 今までのオレだったら気にも留めなかったかもしれない。 でも、毎日のように1時間2時間減った青との時間が、やけに不安に感じるようになってしまった。オレの帰りが遅かった時、青もこんな気持ちだったんだろうか。 そんな生活が1ヵ月ほど続いて・・・遂に親父からあの連絡が来てしまう。 今度の日曜日、つまり明後日。親父の行きつけの料亭で待つ、と・・・。 正装で来いって言われたし、飯時を避けた午前中の待ち合わせ。 これは確実に、見合い、って事だよな。 青に、言うべきだよな・・・。気が重い。 時計を見ると、22時前。もうすぐ帰って来るはず。 そう思ってすぐに玄関のドアの音がする。 「ただいま」 「お、おかえり・・・」 青は、ソファに座るオレに軽くキスをして自室へ入っていく。 疲れてるよな・・・。毎日遅いし。最近セックスもしてない。 青が仕事で大変な時に、こんなくだらない話すんのも悪いか。怒らせるだけだし。 それに、雄大さんに言われて、自分なりに決めたんだ。親父の気の済むまで見合いはするけど、誰とも結婚なんかしないって。 青に余計な負担かけたくねーし、これは自分でどうにかしなきゃなんない問題だ。 寝室に入ってベッドに横になっていると、風呂から上がった青がオレの部屋に入ってくる。 「おやすみ、涼太」 ただいまのキスと同じ、ただ触れて離れてしまう青の唇。 なんだよ・・・。疲れてんのわかるけど、そんだけ? 全然足りない。もっと・・・ 「あお、寝んの?」 部屋を出て行こうとする青を呼び止める。 「なんで?」 もう一度傍まで来た青が、ベッドの横にしゃがんでオレの頭に手をのせてくる。 「寝れない?」 青は大きな手でゆっくりと頭を撫でてくれる。 「そんなことないけど・・・」 頭を撫でてくれるだけ?・・・もっと求めてくんねーの? 「涼太が寝るまでいてやるから、もう目瞑れよ」 「・・・うん」 明日オレは休みだけど、青は仕事だもんな・・・。わがまま言えないよな。 目を閉じてみても、眠れそうにない。だけど、青にずっと撫でててもらう訳にもいかないし・・・。 ・・・あー、セックスしてーな。でも我慢。 しばらくして 「涼太?寝た?」 確認する青に、寝たフリをするオレ。 撫でてくれていた手が離れて、瞼に柔らかい感触が落とされた。 青は、音を立てないように静かに部屋を出ていく。 「・・・ムラムラしてんの、オレだけ?」 青が求めてくんなきゃ、オレがここにいる意味無くなるじゃん。 あんだけ親父に啖呵切っといて、結局、体すら使えねーんじゃん、オレ。 雄大さんが言う「わがまま」ってなんだ? どこまでが許されるんだ? オレが今、青の部屋に夜這いに行くのは許されるわがまま? 見合いなんかしたくないって親父に駄々こねるのは? そういうわがまま全部やったら、青と一緒にいられる? あーもうわっかんねーよ!オレ、頭悪ぃんだから分かるように教えてくれよ! ・・・にしてもムラムラすんな・・・。1ヶ月、キスしかしてねぇ。しかもフレンチなやつ。 ・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・ちょっとだけ・・・ 下着の中に手を入れて、握ってみる。 記憶の中で青の手や舌が這う場所を自分の指でなぞると、すぐに反応してガチガチになって、溢れてくる液体で手が濡れてくる。 こんなに出てきちゃうのかよ・・・。オレがこうなるって、青はもちろん知ってるんだよな・・・。今更だけど、恥ず・・・。 この体のことはきっと、オレより青の方が知ってる。どこを触ったら気持ちよくなるのか、どうしたらオレが堪えられなくなるのか、全部。 ・・・足りない。 後ろにも手を伸ばすけど・・・どうしても青が欲しくてたまらなくなりそうで、伸ばした手を引っ込めた。 自分の手と指で前を弄っても、青の手と比べて小さくて細くて、あんまり気持ち良くない。 「・・・くっそ」 両手で強く握って何度も上下させて、ただ事務的に動かすだけ。それだけでも溜まった欲望を放出する事はできた。 だけど、体の火照りはおさまらなくて、虚しさだけが残る。 オレはもう、青じゃなきゃダメなのに。 青だけがオレの特別なのに。なんで求めてくんねぇの? どんなに酷くされてもいい。いっそヤリ殺されてもいいから・・・ 「バカじゃん、オレ。まじで・・・」 この時のオレは何も知らずに、青の帰りが遅い理由を、仕事だと信じていた。

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