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第199話 理事長のお墨付き 1

ベッドの上から、クローゼットの前に掛けられているスーツを眺める。 昨日、美織がわざわざ持ってきた、じいちゃんが好きなブランドのお高いスーツ一式。 『私が家を出るせいで、涼くんに大役が来ちゃったわね。ごめんね』 全然悪いと思っては無さなさそうだったけど、あの美織がオレに謝るなんて・・・。 『お相手は、お爺様のお墨付きだそうよ』 マジか・・・。じいちゃんまで絡んだ相手か・・・。これは・・・無事に生還できる可能性がグンと低くなったな。 『医師免許も持ってない、しかもまだ病院の業務にも携わった事の無い跡取りのお見合いに応じてくれるお相手なんて、探してくるのにも骨が折れたんじゃない?』 ぐっさー・・・そんな風に言われると、断りづらくなるじゃんか・・・。 はあ・・・。溜息しか出ねぇ。 寝室を出て洗面所に向かうと、ちょうど歯を磨いている青がいた。 「おはよ。・・・青、今日も仕事?」 うがいをして、鏡越しにオレを見る青。 「ああ。最近忙しくて。・・・休みなのに早起きじゃん」 「え!?あー、うん。えと・・・なんか早く目覚めちゃって」 「ふーん。珍しー。台風でも来るんじゃねぇ?」 台風か・・・。マジでそうなったらいいのに。 「あの、青、今日さ・・・」 「・・・なに?」 ・・・・・・・・・・・・やっぱり言わない方がいいか。 「えと、何時に帰る?」 「今日は、平日よりは早いと思うけど。なんで?」 「え?えーと・・・あ!最近、一緒にメシも食えてねーじゃん?だから・・・」 不自然な態度にならないようにしなきゃ。 振り返った青が、ちゅ、と軽く唇を重ねてくる。 「そうだな。帰ったらどっかメシ食いに行こっか」 「・・・うん」 ああ~、言ってしまいたい。でも、青に言ったところで現状が変わるわけでもない。無駄に心配かけるだけだ。 先に家を出る青を、玄関で見送る。 「仕事、気をつけて行ってこいよ」 「・・・涼太」 突然、青に腕を引っ張られて、背中がドアに押し付けられた。 「なに、急に・・・っ」 顎を強く引き上げられて、唇が触れるより先に青の舌が咥内に侵入してくる。 え!なに? 久しぶりに激しく咥内を責められて、腰が抜けそうな程の快感に全身が震えてくる。 「んぅっ・・・、や・・・、あ・・・お」 なんで今日に限ってこんなキスしてくんだよ。 ずっとこうして欲しくても、我慢してたのに・・・。 唇が離れても、自分から求めて青の首に手を回す。 「続きは帰ってからな」 近付けた唇は、青の指で制止されてしまった。 次にオレたちが顔を合わせる時、オレはまだ青のものでいれてるのかな。 「うん。・・・青、オレ・・・青が好き」 「なんだよ、急に。今日の涼太、思いっきり変だぞ」 自分でもそう思う。いつもならこんな事、恥ずかしくて言えない。 だけど、純粋に言えるのはこれが最後かもしれないと思うと、言わずにはいられなかった。 「俺の方が涼太を好きだよ。これは絶対に覆らないから」 そんな事ない。オレだって・・・。 青はオレの頭をポンポン、と撫でて玄関を出ていった。 オレだって、こんなに青のこと・・・ 10時少し前 じいちゃんが用意したスーツを着て、親父が指定した料亭の門をくぐる。 「いらっしゃいませ。まあ!しばらく見ないうちにご立派になられて~。こーんなに小さかったのが嘘みたい」 出迎えてくれた女将さんが、親指と人差し指の間に少しだけ隙間を作って、オレをからかう。 小さい頃から何度も父に連れてこられていた店で、女将さんにはよく可愛がってもらっていた。 「院長先生、もうお見えになってますよ。ご案内しますね」 通された和室に待つ、スーツ姿の父と和服姿の母。 気合い入りすぎだろ・・・。 「いまさっき、理事長から連絡があった。もうしばらくでお見えになる。お前もこちらに座りなさい」 促されるまま、父と母の間に腰を下ろした。 「涼くんがすっぽかすんじゃないかと思って、パパは冷や冷やしてたんだぞ。ちゃんと来てくれて嬉しいよ」 父の安堵した顔。 来たくなんてなかったけど・・・。 高いスーツ用意されて、じいちゃんまで来るって聞いて、すっぽかすなんて選択肢、オレには無いも同然だろ。 「お相手の方は、理事長直々にお連れするらしい。涼くんの独断で断るなんてできる相手じゃないぞ、きっと」 どこか得意げな父を見て、心底恨めしい気持ちが湧いた。 くっそ~・・・。結局親父の思い通りに事が進んでんのか・・・。 和室から見える日本庭園がやけに静かで、妙な緊張感を増幅させた。 どんな人が来るんだろ・・・。 つーか、じいちゃんに会うのも久しぶりだ。ちっちゃい頃は、じいちゃんに遊んで欲しくて病院に行って、よく怒られてたっけ。 でも院長室でのじいちゃんは、優しくておもしろくて、大好きだったな・・・。 じいちゃんが気に入って連れてくる人・・・。 ばあちゃんに似てたりすんのかな。小さくてかわいらしい感じで・・・少しトボけてたよな、ばあちゃんて。 「失礼します。理事長さん、お見えになりました」 来た! ゆっくりと襖が引かれて、数年前より少し老けた顔のじいちゃんがオレを見て笑顔になる。 「涼太。元気だったか?」 「じいちゃんこそ」 久しぶりに会えて、嬉しくて思わず席を立ち祖父の元へ駆け寄る。 「涼太に会わせたい人がいるんだが・・・気に入ってくれるかどうか」 「・・・」 すぐに返事はできない。 「理事長のお墨付きであれば、私たちが口出しする必要も無いでしょう」 返事ができないオレの代わりに、父が答える。 「そうか。それならよかった。・・・女将、頼む」 はい、と言って女将さんが下がる。 祖父とオレが席についたのを見計らったかのように「お連れしました」と声がかかった。 「入りなさい」 「失礼します」 祖父の合図で開いた襖の向こうから、やけに低い声。 え・・・。え!? 祖父の隣に座った人物に、父も母も、そしてオレも言葉を無くす。 最初に口を開いたのは、父だった。 「な、な、な・・・なんで君が、ここに・・・」 じいちゃん・・・なんだよ・・・こいつ、全然ばあちゃんに似てないじゃん。

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