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五
丸五日寝込んだ。死ぬんじゃないかってくらい酷く衰弱した。雨の中野外でセックスしたツケだと言われたらもうなにも言えねえ。俺が悪いです。
紫は大丈夫かな。しばらく彼と抱き合っていちゃいちゃしていたらなんか眠たくなっちゃって、気付いたら彼の姿はどこにも無かった。
連絡先も交換してないのに。
とにかくすぐにでも公園のベンチに行って彼を捕まえたかったんだけど、体がどうも駄目だった。点滴を打つくらいだったし。お袋には結局曖昧にぼかしてなにがあったかは言ってない。
ダイゴの情報によると俺は学校でカリンに思い切り振られたことになっているらしい。振られるもなにも俺たち別れてから付き合ってねえから。
それなりに元気になったからベッドを抜け出して窓を開けた。
日差しも、空気も、空も、匂いも、夏だった。
誰に言われなくても分かる。夏が来た。
自分でもよく分からないんだけど涙が出てきた。止まらないから止まるまで外に出られなかった。泣いても泣いても心が寂しくて胸が苦しい。
夏のきつい日差しの中静かな気持ちで外を歩いていた。じりじりこげる陽炎と日差しのハレーション。早起きの蝉の鳴き声。紫外線のシャワー。殺される、夏。死ね。
なんでなにも言われていないのになんとなく未来を受け入れてしまうんだろう。
藤が死んで蔦の屋根のあるベンチに人影はない。それもなんとなく分かっていた。
紫陽花はすっかり……枯れてしまって、緑の葉だけがかろうじて息づいている。
胸がひきちぎられるような想いで一歩一歩ベンチに近付いた。
彼の姿はもうどこにもない。
あんなに色づき息づいていた世界は今、眠りにつこうとしている。
梅雨は通り過ぎていた。
ベンチには紫陽花の髪飾りが大切そうに落ちている。
髪飾りを拾い上げてベンチに座った。
大切にするって言ったのに。置いていくなよ。
会いたいよ。
ひと目でもいいから。見るだけでもいいから。あの神秘的な後ろ姿を。
死んでもいいから会いたい。
紫……。
俺を置いていく梅雨なんか嫌い。嫌い。大嫌い、大嫌い、大好き、大嫌い。
大好きだよ……!
彼の言葉を思い出す。
あなたのこと、忘れません。
うるせえ。俺も忘れない。池の向こうで。
俺の生気を吸い込んだたくさんの蓮の花が、夏の香りと一緒に目覚め始めていた。
了
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