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四の3

「嫌ならいい。でも俺に遠慮して拒むなら俺はあなたを抱く」  吐息が白くなって交じりそう。俺と彼の間にはまだ隙間があるから、悪戯な雨粒が俺たちの間を邪魔する。十秒も二十秒も見つめ合って、彼は青白い頬を赤紫色に染めて目を伏せた。 「嫌じゃない……もう、遠慮しない……だから、ください、あなたを」  キスしたらもう雨粒は俺たちの間に入り込めない。距離はゼロ。  緑の匂いより、紫の匂いがずっと近い。舌を差し込んで口腔を犯す。温かい。花の味がする。 「っ、ん、ふぁっ……み、どり……ッく……」  雨の滴るレインコートのボタンを外して鎖骨に噛み付いて彼の体に濡れた手を滑り込ませた。  恥じらうように声を抑える、彼の声はあんまり小さいから雨がそれを吸い込んでしまう。だから俺は彼の吐息の一つでも逃さないように耳を澄ませて彼の媚態を目に焼き付けた。  熱に浮かされて雨の冷たさも忘れる。  座った状態で抱き合いながら彼の中を引き裂くと、彼は俺にがっちりしがみついてくる。 「ぁ、っ、……っ、ん……あ……」  目が閉じられ、眉が顰められる。彼の頬を涙と一緒に雨の雫が滑り落ちていく。 「動くよ」 「……み、どり、くん……っ……」  彼が腕に巻き付けた腕を惹いて俺にキスをせがむ。  混ざり合うように深いキスをして、俺は彼の中を犯す。揺さぶられる彼の甘い嬌声は花の蜜よりも芳しい。 「……す、き……っ、へん、かな……わ、たし……ッ、きみ、が……すごく、好き……ああっ……」  なんでまだそんなこというの。 「俺も好きだよ……ッあなたが……」 「……な、まえ……」  わたしの、と彼が言う。  悦に溺れた潤んだ瞳がそれでも俺を真っ直ぐ見据える。 「……紫……好き、だよ……」 「っ……うれ、し……」  完全に捕われた。もうなんでもいいや。 「あっ……う、ああ……も……だめ……っ」 「俺も……紫」 「ひゃ、あッ……ふああッ……」  きつく抱き合ってキスをした。  中で欲が弾けて、彼が体を痙攣させて悦に酔い痴れる。俺は彼の細い首筋に噛み付いた。  目の端で紫陽花が切なく揺らぐ。  彼の声を聞いていたら遠くで夏の香りがした。 「……きみのこと……忘れません」  なに、言ってるの。 「……大好き……」  もう。野暮な言葉は要らない今は。俺も、って抱き寄せた。  その日の夜俺は高熱でぶっ倒れた。  

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