43 / 112

第43話 初めての体験※

 まさかこんなものを持ち帰る羽目になるとは数時間前の自分は想像もしていない。電車に乗っているあいだずっと、ビニール袋が透けて見えるわけでもないのに、それを持ってる自分に光喜はひどく恥ずかしい気分になった。  いくらなんでもこれは飛躍し過ぎではないだろうかと思うものの、そこにあるものは消えてなくなってはくれない。  マンションに帰り着いた早々ソファに放り投げたけれど、携帯電話が震えまくりで否が応でも意識させられる。しつこいくらいメッセージを送ってくるのは晴で、事細かな準備の仕方とやり方が綴られていた。そして風呂は入ったか、準備はできたかと十五分おきくらいに聞かれる。  それに光喜は顔を覆ってうな垂れた。しかしそのままでは一晩中メッセージが送られてきそうで、仕方なしに四十分ほど前に風呂へと足を向けた。いまは並べた中身を前にベッドの上で正座しているところだ。  下着一枚、薄明るい照明の中で膝を折っている姿はなんだかひどく滑稽に思える。けれど光喜はその思いをため息と一緒に吐き出した。  ゴム、これはあの人を想定しているからいまはいらない、と横に避ける。ローションは必要だけれどボトルと携帯用、二種類。いつでも襲えるようにゴムと一緒に持ち歩けよ、なんてメッセージにあったが呆れて口が塞がらなかった。それでもボトルだけ手元に残した。  そしてパッケージに入った少し変わった形のものと、いかにもな形をした二つが残る。奇妙なT字の形をしたものがよくわからなくて、晴からのメッセージを再び確認する。しかしそれを確認して後悔した。  指が入るようになったら入れてみるといいよ、とハートマーク付きで解説されている。簡潔に言うと男の性感帯を刺激するものだ。複雑な気持ちを抱えながらもとりあえず手元に残しておく。  そして残りのパッケージは細いほうはまだ、まだなんとか見られる。けれどもう一本のほうはあまりにもゴツくて光喜はかなりドン引いた。 「これを入れるのってちょっと無理がない? お尻は出口だよ」  いくら慣れてからでいいとは言われても正直言って光喜には不安しかない。けれど今日は指だけ入れられればそれでいいと言われたので、その二つとも避けた。あと必要なのは写真だ、そう言われたが、アクアリウムの思い出を汚すのは忍びない。  少し前に風呂に入ったと返信したので晴からのメッセージは途絶えている。携帯電話は伏せて置いた。 「え、待って待って、なんでこんなに緊張してやらなくちゃいけないの」  光喜にも人並みの性欲はある。自分でしたことがないとは言わない。それでもこんな緊張感の中ではそれに耽るのは難しいだろう。馴染むことのできない状況に小さくうめいて光喜はベッドに突っ伏した。しかしまるでその様子を見ていたのかと思えるくらいのタイミングで携帯電話が震える。  恐る恐る手を伸ばせば予想通り晴からで、諦めていないで想像力と妄想力を発揮させろと気合いの入ったスタンプが表示された。 「えー、なんか勝手におかずにするのって申し訳ないんだけど」  それでも声や手の感触、触れた温度を思い出せと言われて光喜は目を閉じる。しばらくそうしてベッドに転がって目を瞑っていたが、そのうちじわじわ顔が熱くなってきた。あの笑みを思い浮かべればドキドキとするし、優しい声で名前を呼ばれるとくすぐったい気持ちになる。  さらにもしあの大きな手で触れられたら、そう思うと茹で上げられたように身体まで熱くなった。それと共に下腹部で熱がふるりと反応を示したのがわかる。あからさま過ぎるその反応に戸惑いを覚えるが、光喜はそろりとボクサーパンツの中に手を忍ばせた。 「なんかすごくいけないことしてる気分だ」  とは言え自分のしていることに後ろめたさを感じるが、その背徳感で甘く疼き熱は芯を持ち始める。そしてそれに触れているうちに吐き出す息も熱くなって、自身を扱く手に蜜が絡み出す。  頭の中で何度も繰り返される声はひどく甘やかな響きだ。いままでそんな声で囁かれたことなどないはずなのに、いつしか現実と妄想の境目がわからなくなる。 「はあ、やばい、これやばい気がする。いつもより気持ちいい」  自分が感じる部分は熟知していた。けれどそこを撫でるぬめる手はいま自分とは違う、大きくて分厚い手のひら。それを想像するだけで光喜はいつも以上に興奮を煽られる。気づいた時にはもうその感情と行為に夢中になっていた。 「あっ、……んんっ、やだ、まだイキたくない。もうちょっと」  いまにも溢れ出してしまいそうな感覚に、こらえるように背中が丸まる。しかし手は止まるどころか追い詰めるように激しくなっていく。半開きになった口元からはか細い声が漏れて縋るように甘くなる。それが切羽詰まって短くなると肩を震わせて光喜はその手に欲を吐き出した。  閉じていた目を開くとぶわりと涙が浮かぶ。口から漏れる息は深く何度も肩を上下してしまう。いままでに感じたことのない高まりに目を瞬かせた。 「駄目だ、なんか変な扉を開きそう」  再び上向き始めた熱。それに誘われるままにたぐり寄せたボトル。キャップを開いてそれを傾ける。粘度の高い液体は繁みをゆっくりと塗らしてその奥へとしたたり落ちていった。

ともだちにシェアしよう!