7 / 39

第7話

 またしても起こった『魔獣事件』で、犯人と思しき謎の生物と遭遇したこと、仕留めようとしたが消えてしまったことなどを護霊庁に戻ったフィーデスが報告をすると、一気に護霊庁の中が騒がしくなった。フィーデスと同様に、この度の事件が魔獣によるものだと信じていない者も少数はいたが、ほとんどの護霊官が魔獣を犯人だと決めつけていたのだ。  フィーデスは血の穢れを洗い流し、着替え終えるとすぐに幹部のところへと連れていかれて、また初めから説明するはめになった。しまいには幹部の一人から「それは新種の魔獣ということか」といった質問まで飛び出て、あまりの見解の酷さに軽い頭痛までしてきたがここで下手な反応をしては意味がなくなる。 「魔獣というよりは、まるで人間が崩れたような印象でした。『夜の世界』との綻びがないか、などを改めて点検する必要もあるかもしれません」  魔獣のせいにはできなくても、『夜の世界』の住人の可能性をにおわせれば彼らは『安心』する。長い間ずっとこの国の平和を護ってきたと自負する護霊庁の人間にとって、『夜の世界』の住人や魔獣以外の存在など認められる者ではないのだ。そんな得体のしれない者と戦った記録など、ないのだから。  故意に『夜の世界』のことを持ち出すと室内にはほっとした空気が流れたが、ただ一人、フィーデスの上司だけが厳しい眼差しでフィーデスを見ていた。 「で。魔獣ではないのは我らの予見通りだったわけだが、正体は分からなかったのか?」  フィーデスの上司はまだ三十代にして既に一部署の長になった有能な人物だ。外見は茶色の髪に青い瞳を持ち、容貌も整っているのだがその外見に反して常に冷静で淡々としているところから周囲や部下たちには恐れられている。幹部たちの集まる部屋から解放されてすぐにフィーデスは耳を引っ張られながら上司に別な部屋へと連れ込まれたという経緯だ。 「正体は、私の少ない見識では判別できませんでした。ただ、魔獣のように獣の姿を借りている何か、ではなくて……先ほども皆さんの前で説明した通り、人が崩れたようなものとしか。そういえば、術士ギルドに所属する術士が放った攻撃を、我々の障壁とよく似た術で跳ね返してきました」 「障壁を発動してきたということか? 『夜の世界』の住人たちは我々より格段に攻撃力は高いが、障壁のような精霊の加護を必要とする術は扱えないと聞く。……その『化け物』にも……」  ――精霊の加護があるということか。  それは言葉にしてはいけないような気がしたのか、上司も最後まで言わずその代わり深いため息をついた。ここ最近続いている魔獣事件のせいで護霊庁では無駄な会議やら仕事やらが増えているのだ。 「術士ギルドに協力してもらえるのは正直ありがたい。ギルドに対する協力手当てについてはもう手続きをしておいたから、あちらのマスターにもよろしく伝えておいてくれ。いつまでも我々は護るだけではいられない……そんな時期に来ているのかもしれないね」 「承知しました」  他の建前ばかり言っているような幹部たちと違い、フィーデスの今の上司はとにかく理解はある方で仕事も早い。それをありがたく思いながら頭を下げると、不意に相手が笑う気配がした。 「で。君の『アクィア』は元気なのかい? いたんだろう?」 「……まだその話を覚えていたんですか。いい加減忘れてください」  はいはい、とおかしそうに笑うと上司はポンポンと自分より背の高い部下の肩を叩いて部屋を出ていく。 「『アクィア』か……」  水の精霊・アクィアはこの世界を支え護っていると言われる四大精霊の一つで、水色の長い髪に青い瞳、下半身は魚という半人半魚の姿で描かれることが多い。精霊はどれも美しい顔で描かれるものだが、フィーデスは実家に飾られていたアクィアの絵がとても好きだった。そして――エウレが見せたあの姿は、フィーデスにとって『アクィア』そのものに見えたのだ。  だが、十年近くぶりに邂逅したフィーデスに向けられた眼差しは。  唇をきつく噛みしめると、術士ギルドにも報告する必要があるだろうと仕事を取ってつけ夕闇が迫る城下街へと向かうのだった。

ともだちにシェアしよう!